初期の巨峰と品種登録の拒絶、そしてその後

■初期の理農技術誌を飾った巨峰の写真
  現在、日本巨峰会で発行している会員誌「理農技術」は、創刊号の時(1952年)は理農技術協会が発行し、その後1954年からは日本理農協会が発行してきました。理農技術誌は、研究成果や現場の情報など栄養週期栽培全般にわたる情報を提供するものですから、様々な農作物に関する情報が入っています。ブドウや巨峰は様々な農作物の一つとして扱われています。
  しかし、理農技術誌の創刊号の表紙を飾ったのは巨峰の写真です(写真1)。印刷が鮮明でない上に日本巨峰会の本部にもコピーが一部残っているだけで、画像がかなり見づらくなっていますが、黒い大きな房が、いくつもぶら下がっている様子がかすかに見えるかと思います。


〈写真1〉

写真1 理農技術創刊号表紙1952年.jpg


  この他の初期の写真を以下に掲げてみました。写真2は、1954年の第16号の裏表紙の写真です。子供が大きな房を抱えているのが見えます。写真の横には「今年なった『巨峰』の大房」として次のような説明があります。
  「これも藤澤重勝氏が作られた巨峰です。堆肥を多く施し、チッ素をひかえ、5月にリン酸を、着色期にカリと石灰をとくに多く施したら200~250匁(750~938g)のものが多くなりました。しかも、キャンベルより作りやすい位であったとの報告でした。」と記されています。

〈写真2〉

写真2 理農技術第16号1954年.jpg


  写真3は、1955年第20号の表紙を飾った巨峰です。大きな房が見えます。写真4は1957年第35号の裏表紙の巨峰です。


〈写真3〉

写真3 理農技術第20号1955年.jpg

〈写真4〉

写真4 理農技術第35号1957年.jpg


  注目されるのは、次に示す種苗名称登録の申請が拒絶された昭和32年(1957年)以前に、巨峰の房がこのように実っていたことです。花振いなどの欠点があるとされて拒絶されるのですが、そのような欠点を持ちながらも、栄養週期栽培を実践している方の中には、ここに掲載したようなブドウをすでに作っていた方がいたことがわかります。

■巨峰ブドウの種苗名称登録申請とその結果
  日本巨峰会の前身である日本理農協会が、かつて「巨峰」の種苗名称登録(品種登録)の申請をしたものの、その登録がなされなかったことは、関係者以外の人たちには、あまり知られていないことだと思います。
  当時の農林省から送られてきた審査結果を以下に掲げます。手書きで書かれており文面が見づらいので打ち直してあります。宛名は日本理農協会の理事で大井上康氏の子息である大井上静一氏になっていて、発行元は農林省振興局長となっています。
  昭和32年(1957年)3月の日付となっています。しかし、その文面からわかるとおり、申請したのは昭和28年の6月です。種苗名称登録は通常でも30か月程度かかるようですから、取り立てて遅いということはありませんが、4年近くの時を有しています。

農産種苗法による名称登録出願種苗の審査について

  昭和28年6月1日付をもって農林大臣あて種苗名称登録の出願がありました 巨 峰 については農業資材審議会種苗部会の審査に付していましたが、このたび同会長から審査の結果、下記理由により登録に値しないことと決定した旨報告がありましたので、当該種苗の名称登録は行われませんから御承知ありたく通知します。

1.大粒種で果実の品質は良いが、花振いのひどいことが多く、かつ果粒の着色不揃、脱粒し易く、輸送力や店持ちが悪い等の欠点がある。


■品種登録を拒否された理由となった“花振い”について
  巨峰ブドウの欠点のひとつとされる花振いとは、「花が多数開花しても、着果が極めて少ない現象」です。ブドウによくみられます。つまり、実ができにくいということです。花振いは、枝の伸長量が大きいと、つまり栄養生長が活発すぎると生じやすくなることがわかっています。ブドウに限らず、「栄養生長を適切に制御し、生殖生長にうまく転換させていく」ということが、栄養週期栽培の特徴のひとつになっていますので、巨峰ブドウの花振いにも対応しやすい状況にあったと言うことができると思います。このことが、ここに示したように巨峰を早くから実らせることができた原因のひとつと言って良いと思います。
  日本はモンスーン型気候で春から秋にかけての雨が多く、この雨は窒素と連動して枝の伸長を促進します。巨峰は、雨の多い日本においては、栄養週期栽培でこそ対応可能なブドウであったといえるのかもしれません。慣行的な農法は、窒素を多く与えますのでどうしても栄養生長が活発になってしまいます。これを尺度とした当時の農林省は、巨峰の良さを判断できなかったということになるのだと思います。

■その後
  巨峰ブドウの品種登録はできませんでしたが、果実については商標の登録がなされました。
  その後、技術的には巨峰ブドウの持つ欠点を克服するべく栄養週期栽培において栽培手法がさらに磨き上げられていきます。しかし、慣行栽培では、巨峰の特性に十分に対応することがなかなかできず、結果としてビーナイン(後に発がん性があるとして果樹への使用ができなくなります)などの植物生長調節剤(農薬)に頼ることになります。そして、ビーナインは花振いに効果を発揮しました。その結果、巨峰の栽培面積が急激に伸びていきます。しかし、そのような栽培方法による巨峰は品質が劣り、さらに、そのような方法を推奨する団体の多くは巨峰の商標を無視する方向で進んでいきました。