果樹栽培における元肥・お礼肥
=栄養週期栽培の視点=

2022年2月
理農学研究所 恒屋冬彦

 
■はじめに
 一般的な果樹栽培では、元肥、追肥、お礼肥(おれいごえ)を肥料として与えます。
 シーズンが終わった頃の秋にお礼肥、そのあと冬に元肥を与えます。その中には窒素が入っているのが一般的で、元肥とお礼肥を合わせてほとんどの窒素を秋から冬にかけて投入することが多いようです。このようなことは、各県の施肥基準や技術指針にも見ることができます。
 一方、栄養週期栽培では、果樹栽培においてお礼肥や元肥と称する窒素の施肥を控えます。ここに、大きな違いがあります。
 そこで、比較的新しい情報をみながら、慣行的な農法においてお礼肥や元肥の必要性がどのように説明されているかを整理し、栄養週期栽培との考え方の違いを見てみたいと思います。
 
■元肥、追肥、お礼肥に対する一般的な理解
 施肥(元肥、追肥、礼肥)の必要性がどのように説明されているか、果樹栽培の専門書の説明に眼を向けてみます。
 2004年の果樹栽培を概説した本(杉浦編2004)では、果樹全般に当てはまる原則が記されています。元肥、追肥、お礼肥を必要とする理由は次のとおりです。
 
【元肥】:春先の成長のさかんな時期に多くの窒素を必要とするので、休眠期間中(11~3月)に窒素は大部分、リン酸は全量、カリは半量程度施。
【追肥】:果実の肥大を促進するため6~7月にカリを主体に施用。窒素は夏に多く施用されると果実の品質を低下させるので、特別な場合以外は施用しない。
【秋肥(礼肥)】:果実の収穫後に葉の光合成をさかんにして貯蔵養分の蓄積を増やすことを目的として少量の窒素を施用する。
 
 元肥は、春先の芽生えの時期の旺盛な生長を期待して与えます。追肥については、窒素やカリに対する見方は栄養週期栽培の考え方と類似しています。お礼肥は、貯蔵養分を増やすために窒素を与えます。
 ついで、果樹栽培について記された比較的最近出版された本「果樹園芸学」(米森編2015)を見てみます。この本に記された施肥に関する項目(尾形2016)では、次のように記されています。
 
【基肥(元肥、寒肥)】:春の旺盛な器官形成を支える養分として与えられる肥料。光合成器官の形成のため、果樹では基肥が最も重要。最も吸収量が高まる時期に肥効が発揮されるように遅行性資材や有機質資材が多用される。
【追肥】: 樹体内で果実による収奪により栄養器官に養分欠乏が起こらないように、初夏~梅雨明けの果実急速肥大期に施す肥料。
【礼肥】: 弱った樹勢を回復させ栄養器官の充実をはかるため秋季に施用される肥料。
 
 元肥は、春先の芽生えの時期の旺盛な生長を期待して与えます。元肥には、遅行性資材や有機質資材が多用されるとあります。追肥については、さきほどの本(杉浦編2004)と異なり、窒素を含んだ肥料を与えます。礼肥は、樹勢の回復、栄養器官の充実ということで窒素を与えます。なお、この本に、ミカンとカキとブドウの例が掲げられています。また、肥料にはいずれも窒素が入っています。
 上記ふたつの文献では、追肥の内容に違いがありますが、その他の記述は類似しています。
 次に、最近出た「ブドウ大事典」(農村漁村文化協会編2017)の追肥、礼肥と元肥に関する記述を見てみます。
 
【元肥】: ねらいは生育初期の養分転換期から成熟期にかけて肥効を持続させることにある。有機物が含まれたものが良く、10月中旬までに施す。
   (注:養分転換期とは、果樹の活動のための養分が貯蔵養分から新梢上の新しい葉で生産される養分に交代する時期。ということは新葉が出てきた時期)
【追肥】: 肥切れ、養分欠乏症に対応するために与える。養分欠乏などの障害を起こさないように土壌を肥沃化しておく必要がある。
【礼肥】: ブドウは成熟期にかけて多くの肥料養分を必要とし、枝や根に貯めた肥料養分を一時的に利用して不足分を補っているので、それらの器官の無機成分が低いままになっている。そこで、ブドウは収穫後早急に不足分を取り戻す必要があり、礼肥はこのために行う。礼肥は葉に窒素を供給し、光合成能力を高め、枝中の無機成分含有量を多くする。
 
 これはブドウを対象としたものですが、お礼肥、元肥の基本的な位置づけは、上記の本と概ね同様です。なお、追肥に土壌肥沃化の効果を期待していますが、栄養週期栽培では「肥沃化」するという視点はあまりありません。
 上記のいくつかの文献を見ると、元肥やお礼肥については類似しており、概ね、慣行栽培で以前から行われてきた考え方が引き継がれているということだと思います。このように、お礼肥は消耗分を補い栄養状態を良くするため、元肥は春の旺盛な新梢の伸びに備えるためというのが考え方の基本にあるようです。春の旺盛な新梢の伸びには、葉が展開し、光合成能力が高まることを期待しています。葉の展開を強く期待すれば、窒素に比重がかかりやすくなります。しかし、栄養週期栽培では春先からの旺盛な初期生長には注意を払います。
 
■元肥、お礼肥の時期の適切性に係る文献
 元肥やお礼肥の必要性に関する説明は、だいたい上記の説明の範囲内にありますが、もう少し踏み込んだものを探してみました。
 岡山大学の岡本五郎氏がブドウ栽培の施肥について書いた論考(岡本1998)では、かつて、果樹の施肥は「元肥(もとごえ)中心」が常識であったが、果樹の年間の養分吸収パターンと大きくずれていることは明らかで、10から11月の「秋肥」(=お礼肥)が奨励されるようになったことが記されてされています。さらに、最近は、より的確な果樹の栄養管理を目指し、「必要な時期に必要量を与える」という考え方が強まってきた。秋肥や元肥の割合を少なくし(年間施肥量の30%-50%) 、発芽期、結実後や収穫期後の追肥を多くする(それぞれ20%-30%)栽培家が多いと記しています。
 この後半の記述は、栄養週期栽培に近いといえますが、施肥する栄養素の種類、追肥の時期などに違いがあると思われます。
 2010年に日本植物生理学会のQ&Aに、落葉後に施した元肥が貯蔵養分に及ぼす効果について、以下のような質問と回答がありました(要約)。回答者は、農研機構・果樹研究所の井上博道氏です。
 
〈質問〉
「一般的には落葉後に施した元肥が貯蔵養分になると思われている」が、秋に根が盛んに養分を吸収する時期と元肥の施用時期がズレてるのでは?
〈回答〉
 落葉後の晩秋から冬季にかけて施肥される元肥によって貯蔵養分が蓄えられることは少ない。秋に根が養分を吸収する時期と元肥の時期はずれている。落葉後に行う元肥は果樹が吸収できず、降雨、降雪等によりその多くは流亡すると考えられる。
 落葉果樹の貯蔵養分は、果実の収穫後から落葉までに蓄えられる養分として考えられている。主要な肥料成分である窒素は、貯蔵養分として蓄えるには、葉が光合成を行える時期に吸収されなければならない。果樹では収穫後に礼肥といって肥料を与えるが、これは貯蔵養分を蓄えるのに役立つ。
 
 このように、井上氏は、元肥は貯蔵養分になりにくいことを述べて、収穫後の礼肥であれば貯蔵養分をたくわえるのに役立つと述べています。しかし、この礼肥について以下のように付け加えています。
 
 では、礼肥の時期に元肥をやればいいのではないかとも思われるが、秋は冬の休眠に入るための準備を行っている時期であり、その時期に多量の養分が土の中にあるとうまく休眠に入れないのではないかと考えられる。
 そのため春の芽が動き出す時期のちょっと前に元肥を与えるのが適当と考えられる。ただし、その方法が科学的に正しいやり方と証明されてはいない。
 なので、今のところは、これまで行われてきた晩秋での元肥施用が一般的である。とはいっても、晩秋での元肥施用も科学的知見に基づいたものではないと思うので、今後、最適な施肥体系の構築が必要。
 
 この中で、秋は冬の休眠に入るための準備を行っていて、その時期に多量の養分が土の中にあるとうまく休眠に入れないと述べ、休眠を阻害しないためには、秋の施肥は必ずしも良くないとしています。その上で、秋肥でもなく元肥でもなく、春の芽が動き出すころが良いように思うが科学的根拠を得ていないので、とりあえず今までどおりにしましょう述べています。しかし、その一般的とされる晩秋の元肥は科学的に証明されておらず、科学的知見に基づいたものではないと述べています。
 栄養週期栽培については、後述しますが、窒素は、秋肥、元肥、春先の施用でもなく、主体は栄養生長期に配慮して施肥するという考えになりますので、上記の井上氏の考えとも違いますが、一般的なお礼肥や元肥の必要性を疑問視する点では共通しています。
 
■休眠期の窒素肥料の負の影響を論じた論文
 秋から冬にかけての窒素肥料の負の影響に関する研究論文を再度探してみたところ、その中で少ないですが、ナシの休眠期に与えた窒素肥料の影響を論じた論文がふたつほどありましたのでご紹介します。
 
〇「秋季の窒素施肥量がニホンナシの耐寒性と脂質含量に及ぼす影響」
 ひとつは、秋季の窒素施肥量がナシの耐寒性と脂質含量に及ぼす影響をしらべた論文(松本他2010)で、秋季における窒素の施肥が、脂質含量などを抑制し、耐寒性の低下をもたらしていることを述べています。
 耐寒性の低下については、ブドウ栽培において、窒素の影響で結果枝がドブヅル化(C/Nm値が低下)して寒害への抵抗性が減じることが論じられています(恒屋1977)。また、これもブドウの例ですが、コズマ・パール氏は、ブドウの枝の霜への抵抗性は、深い休眠のあとで著しく増加することを述べており(コズマ1970)、休眠の深さと寒さへの抵抗性に関係があることが記されています。窒素が寒さへの抵抗性を弱めるということは、休眠の深さに窒素が影響を及ぼしていることを示唆しています。
 
〇「冬季の窒素施肥が ニホンナシの開花に及ぼす影響」
 もうひとつは、秋季や冬季の窒素施用が、春の発芽や開花に及ぼす影響を調べた論文(井上他2016)です。この論文の筆頭筆者は、前述した日本植物生理学会のQ&A回答者の井上博道氏です。
 この論文では、ニホンナシによる冬季の窒素吸収量を確認しようとして、ポット栽培で冬季に窒素を施肥しました。すると、発芽がうまくいかず枯死する樹がいくつか確認されました。この症状が、近年問題になっているニホンナシの発芽不良の症状とそっくりだったといいます。もしかしたら、窒素を冬季に施肥するという現状の施肥体系が発芽不良の一因になっているのではないかと懸念されたため,冬季の窒素施肥がニホンナシの開花に及ぼす影響について検討したということです。
その結論は以下のとおりです。
 
  10月の元肥の施用が発芽不良を助長することが報告されている(藤丸他2015)。さらに、本試験の結果から、冬季の窒素施肥はニホンナシの発芽不良の発生に関与していることが明らかになった。現在のニホンナシの主産地の施肥基準では、晩秋から冬季にかけて元肥を施用することになっているが、ニホンナシの施肥体系を全体的に見直す必要がある。
 
 このように、この時期の窒素施肥がニホンナシの発育に負の影響を及ぼすことが明らかになったとして、慣行的な施肥基準の見直しの必要性を論じています。
 
■栄養週期栽培の視点
 上記の例はナシの話でしたが、栄養週期栽培ではこのような現象はナシに限定された話ではなく、果樹の基本的生理現象に関わるものとして理解しています。
 栄養週期栽培では、休眠期に窒素が多い状況が生まれると休眠は浅くなり、呼吸、発散などにより貯蔵養分の消費が起こるので、お礼肥や即効性の窒素を含む元肥は必要ないと考えています。それよりも、体成熟を十分に行うことが必要と考えています。
 ブドウの栽培が対象になりますが、恒屋棟介氏の本(恒屋1971)には、お礼肥や元肥が関係するころの時期の施肥について、以下のように記しています。
 
・着色~成熟期
 原則的には窒素の施肥は不要。窒素の吸収が強いと枝の成熟もが悪くなる。
・休眠期
 速効性のチッソが多用されると、休眠は浅く、呼吸、発散による貯蔵養水分の消費ははげしくなる。チッソのお礼肥は必要ない。この頃は、有機質の肥料を発育型に応じて最適量施す程度。
・萌芽~消費生長
 このころは枝の中の貯蔵たんぱく質に従属して生長をする時代であるから、それを貯蔵しているかぎり多用することはかえって徒長と黒痘病などを発生する。もし、それが必要な揚合でも少量にとどめる。
 
 巨峰ブドウ栽培の場合は、特に樹勢に関係してきますので徹底していますが、このような考えは他の果樹でも類似していて、常緑樹のかんきつ類は少し違いますが、落葉果樹では元肥の時期に即効性の窒素は与えない、お礼肥の窒素は与えないというのが、栄養週期栽培では標準となっています(恒屋2017)。
 
■おわりに
 これまで、ご紹介した報告を見渡してみると、不思議なことに、お礼肥や元肥は、明確な科学的根拠に基づいて行われてきたものではなく、慣例的に行われてきたもののように見えます。
 また、取り上げた日本植物生理学会のQ&Aやナシの研究報告では、秋季から冬季にかけてのお礼肥や元肥に対して、施肥体系の見直しが必要だと述べていました。
 栄養週期栽培はそれに答えるに足るものだと考えますが、なかなか世間には浸透していかないようです。
 
≪引用文献≫
・藤丸 治・岩谷章生. 2015.「露地栽培におけるニホンナシ発芽不良軽減のための管理技術」.九州農業研究発表会要旨,78:196.
・井上博道・草場新之助・阪本大輔. 2016. 「冬季の窒素施肥が. ニホンナシの開花に及ぼす影響」. 日本土壌肥料学会雑誌, 87(4): 250-253.
・コズマ・パール(粂 栄美子訳). 1970. 「ブドウ栽培の基礎理論」. 誠文堂新光社.
・松本和浩・加藤正浩・竹村圭弘・田辺賢二・田村文男. 2010. 「秋季の窒素施肥量がニホンナシの耐寒性と脂質含量に及ぼす影響」. 園芸学研究, 9 (3) : 339-344.
・農村漁村文化協会編. 2017. 「ブドウ大事典」. 農村漁村文化協会.
・尾形凡夫. 2015. 「12.樹体栄養と施肥」.(「果樹園芸学」米森敬三編). 168-186. 朝倉書店.
・岡本五郎. 1998. 「ブドウ栽培の基礎知識Ⅲ 施肥の理論と技術」. J.ASEV Jpn. 9(2):l03-108. (注:「J.ASEV Jpn.」は「日本ブドウ・ワイン学会」)
・杉浦 明編. 2004. 「農学基礎セミナー 新版果樹栽培の基礎」. 農村漁村文化協会.
・恒屋棟介. 1971.「巨峰ブドウ栽培の新技術」. 博友社.
・恒屋棟介. 1977.「ブドウ・巨峰の発育診断」. 博友社.
・恒屋棟介. 2017.「微量栄養素と施肥設計」(新装版) .日本巨峰会.(初版は1955年)
・米森敬三編. 2015. 「果樹園芸学」. 朝倉書店.
・https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=2190(日本植物生理学会 落葉果樹の貯蔵養分)