様々なブドウ栽培方法の比較

=環境保全の視点から=

理農学研究所 恒屋冬彦
2022年7月

 
はじめに
 現在、地球環境保全の視点が日常的なものとなりつつあります。農業においても地球環境に配慮することは避けられない状況となってきています。農業が環境保全上貢献できることには様々なものがありますが、ここでは作物の栽培方法に着目します。その例として、当日本巨峰会も関わりの深いブドウ栽培をとりあげます。
 表に、いくつかのブドウ栽培の特徴を整理してみました(表1、表2、表3参照)。これらを比較しながら、環境保全的な栽培へ取り組むべき方向について考えてみたいと思います。
 なお、表の記述は参考とした文献(表中番号で表示した文献は、《参考文献》として文章の末尾に掲載しました。)に基づくものです。同じカテゴリー、たとえば自然栽培といわれているものにも様々なものがあり一様ではありませんが、この表に示したものは概ね「標準的な傾向」を表していると考えて良いと思っています。
 
■自然農法、有機栽培
 まず、「自然農法」「有機栽培」について眺めてみます(表1)。

 
 ここで取り上げた「自然農法」は「農薬も肥料も使わない農法」です。このため、最も環境保全的といってよいと思います。ただし、摘房において、慣行栽培の半分から2/3に減らすと記されているように、生産性はある程度劣ると思われます。経済性よりも環境保全的な点を重視していることがわかります。
 「有機栽培」については、様々な自称「有機栽培」があると思われますが、行政的な視点からは有機JAS認証を取得した栽培方法が最も環境保全的であるとされているようです。この栽培では、原則として化学肥料や化学農薬は使用しません。ただし、ボルド―液、石灰硫黄合剤など許可された複数の農薬があり、それを使うことが許されています。
 表1の「有機栽培」の施肥の欄にあるように、ブドウは窒素肥料に敏感であり、過剰な窒素肥料は控えるように記されています。ただし、別の文献(表中には表示していません)では、窒素を含むお礼肥、元肥を行うように示されているものもありました(小祝2011)。また、有機JASに戻づく牛糞堆肥の施用法については、多すぎるという点で自然農法の立場から批判があります(木村2009、岩淵2010)。このようなことから見て、窒素の投入は多めになっている場合があると思われます。
 防除については、ボルドー液のように有機JASで許容されているものを使いますが、農薬以外の対応を行うことが重要となっています。また、ジベレリンのような植物成長調節物質については、有機栽培では用いないと記されています。
 
■慣行的な栽培と栄養週期栽培
 次に、慣行的な大粒生食ブドウ栽培について整理しました(表2)。巨峰系とシャインマスカットを分けてみました。種有りの情報も入っていますが種無しが主流です。この表の下段に栄養週期栽培を併記しました。

 
 施肥については、慣行的な栽培では、元肥だけの場合もありますが、元肥、お礼肥、追肥を施用することが多いようです。これに窒素を含むことは普通で、翌年の新梢の生長を期待します。特に、種無しブドウ栽培の場合は無核になりやすいように、徒長的になることを許容します。
 防除については、10回以上、20品目程度の農薬散布を行うようです。なお、短梢剪定の場合、結果母枝を短くしますので、菌の発生源を多く処理することができ、防除においては有利な点とされています。
 「その他の事項」の列に示しましたように、無核栽培では、様々な植物生長調節物質を用います。種を無くし、着粒を促進し、粒を大きくするため、ジベレリン、フルメット、ストレプトマイシンなどを用います。また、樹勢を制御するフラスターも用いられています。樹勢を強くするような栽培方法を採用しながら、一方で樹勢を制御するための薬品を用いるということが行われており、ブドウの自然な発育を促すことよりも、薬品によって発育を制御することが優先されているように見えます(「栄養週期巨峰栽培から見た最近の大粒種無しブドウ栽培」参照)。
 栄養週期栽培では種有り栽培が基本となります。他の果樹でも同様ですが、栄養生長時の樹勢を適正に保ちつつ、生殖生長につなげていきます。特に、巨峰のような樹勢の強いブドウでは、剪定、施肥を工夫して徒長的な成長をコントロールします。この時、リン酸、カリ、カルシウム、マグネシウム、ホウ酸、マンガンなどの栄養素を、主として葉面散布により発育状態を見ながら施用することは特徴のひとつとなっています。
 栄養週期栽培の技術を持った方が無核栽培を行う場合には、このような栄養週期栽培の施肥技術を利用して、成熟を図ることが行われています。
 栄養週期栽培の防除は、健康な発育を促すことにより病虫害に対応するものであり、農薬のみに依存するものではありませんので、慣行的な栽培よりは農薬への依存度は下がると思います。しかし、現実には地域で出される防除暦に準じている場合も多いと思います。また、「巨峰ブドウ栽培の新技術」(恒屋1971)においても、10回弱の農薬散布が記されていますので、人によって違いがありますが、農薬を利用することがおこなわれてきました。
 
■ワイン用ブドウ栽培 
 これまで、生食用のブドウについて、眺めてきましたが、次にワイン用のブドウに目を向けてみます(表3)。なお、ワイン用のブドウは、種有りブドウ栽培です。ここでは、フランスのボルドーの例(渡辺2014)とブルゴーニュの例(リゴー2012)を整理してみました。

 
 ふたつの例ともに、施肥については、堆肥などの有機質の肥料を中心に元肥を施用するようです。ただし、化学肥料を混ぜることも行われたようです。
 ボルドーの例では、防除は薬剤散布体系に従って化学農薬の散布を行っています。回数は、日本とあまり変わりありません。
 ブルゴーニュの例では、近代的な栽培に批判的で、過剰な肥料、農薬を批判的に記しています。また、肥料の過多により、樹勢が強くなり防除の問題が深刻化しているとしています。そして、テロワール(注:土地固有のブドウの生育環境、風土)の復権を強く主張し、地域の個性を大事にしています。
 
■農薬の使用量と徒長性(CN比)に着目した農法の比較
 ブルゴーニュのワインブドウ栽培でも述べられているように、樹勢の強さと農薬の量には関連があるとされています。栄養週期栽培では、徒長的な発育を不健康な発育ととらえ、果樹の成熟にとっても良くないものと考えてきました。
 そこで、上記で取り上げた栽培方法の内、「慣行的な大粒無核ブドウ栽培」、「栄養週期栽培」、「有機栽培」、「農薬も肥料も使わない自然農法」について、「農薬使用量」と「徒長性」の二つの視点からを図上に配置してみました(図1)。
 

 
「農薬使用量」は、少ない方が環境保全上すぐれていると考えてよいと思います。また、「徒長性」は、窒素過多がもたらすことが多く、多いと環境保全上良くないということになります。窒素の施肥量自体が少ない場合でも、徒長的であれば生育状態は不健康で、農薬多用につながりやすいので、環境保全上よくないと考えます。
 最も、環境保全上優れているのは、「農薬も肥料も使わない自然農法」といって良いと思います。一方、その反対は、「慣行的な大粒無核ブドウ栽培」となるでしょう。「有機栽培」は農薬の点では優れていますが、堆肥等の有機肥料をどの程度施用するかによって変わってきます。これが少なければ「自然農法」に近づきますが、多ければ有機質の肥料といえども窒素の供給過多となります。栄養週期栽培は徒長的な発育を抑制しますが、農薬については慣行的栽培に準じて利用されている場合もあります。
 
■おわりに 環境保全に配慮したブドウ栽培に向けて
 上記の図に、矢印➡を入れてみました。環境保全的なブドウ栽培を一層進めるのであれば、この方向を目指していくことが良いだろうということです。
 栄養週期栽培の場合は、そもそもブドウが健康な発育をしていますので、農薬を減らすことはそれほど難しいことではありません。
 有機栽培の場合は、有機質の肥料を使っていても量が多ければ、化学肥料同様に窒素過多の問題が生じ環境保全上よくありませんので、この量を減らすことが求められます。「自然農業協会」のように、自然(有機)農法に栄養週期栽培を取り込んで実践している方々がおられますので、現実的な方向だと思います(趙1994、姫野編2010)。
 一方、「慣行的な大粒無核ブドウ栽培」は、他と比べると環境保全的な栽培へ向かおうとした場合、相対的にハードルは高いと言えるでしょう。それは、その栽培手法が、徒長的な発育をある程度許容して無核化しやすくしていることから、肥料が多くなりやすく、また、その結果、農薬も多くなりやすいと考えられるためです。しかし、できる範囲で矢印の示す方向に進めていくことが望まれます。栄養週期栽培の施肥技術を取り入れるなどして、化学肥料や化学農薬の総量を少しでも減らしていくことが望まれます。
 
 環境保全的な栽培方法は、生産性と反比例する場合があります。生産性・経済性を考慮しつつ、できる範囲で地球環境の保全に貢献するような方向を探っていくことが求められると思います。
 
《参考文献》
①趙 漢珪. 1994. 「土着微生物を活かす -韓国自然農業の考え方と実際」.農村漁村文化協会.
②姫野祐子編著(趙漢珪監修). 2010.「はじめよう!自然農業」(創森社)
③岩澤信夫. 2010. 「究極の田んぼ」. 日本経済新聞社.
④JA笛吹. 「果樹病害虫防除暦」. 
⑤JA寒河江. 令和3年. 「令和3年用ぶどう(大粒種) 病害虫防除基準」.
⑥川口由一監修. 2012. 「自然農の果物づくり」. 創森社.
⑦木村秋則. 2009. 「リンゴが教えてくれたこと」. 日本経済新聞社.
➇小祝正明. 2011.「有機栽培の果樹・茶つくり」. 農文協.
⑨長野県環境にやさしい農業技術集(土壌肥料)について 施肥基準(品別) 2021年6月4日
⑩長野県防虫防除所. 2021. 「令和3年農作物病害虫・雑草防除基準」.
⑪日本土壌協会. 2013. 「有機栽培技術の手引き〔果樹・茶編〕 Ⅴ.ブドウの有機栽培技術」. 
⑫農文協編. 2017. 「ブドウ大事典」. 農村漁村文化協会.
⑬ジャッキー・ リゴー . 2012. アンリ・ジャイエのブドウ畑. 白水社
⑭恒屋棟介. 1971.「巨峰ブドウ栽培の新技術」. 博友社.
⑮恒屋棟介. 2017.「微量栄養素と施肥設計」(新装版) .日本巨峰会.(初版は1955年)
⑯渡辺晃樹. 2014. 「海外派遣研修報告 フランス・ボルドーにおける醸造ブドウの栽培事例」. 山梨果試研報, No.13:83-94.
⑰山形県農林水産部. 令和元年6月. 「農作物の施肥基準」.