栄養週期巨峰栽培
から見た最近の
大粒種無しブドウ栽培

理農学研究所 恒屋冬彦
2020年3月

■はじめに
  巨峰ブドウの栽培方法に眼をむけると、栄養週期栽培と慣行的な栽培との視点の違いが見えてきます。そこで、巨峰ブドウの特性を踏まえた上で、栄養週期栽培による巨峰ブドウ栽培と慣行農法による巨峰ブドウ栽培を比較し、その違いをご紹介したいと思います。
  さらに、現在シャインマスカットに代表される大粒種無しブドウが流行っていますが、それらが薬品によってもたらされているものであることもご紹介したいと思います。
 
■巨峰の特徴
  巨峰は、「石原早生」というブドウと「センテニアル」というブドウを交配して育成されました。母親の石原早生はキャンベル・ア-リー(2倍体欧米雑種)の4倍体(※注)の変異種で、父親のセンテニアルはロザキの4倍体変異種です。この4倍体どうしを交配することによって、4倍体の巨峰が生まれました。このような育種法は、結果的に大きく日本のブドウ育種の方向を決めることになる画期的な方法だったといいます(植原・山本2015)。
 
※注:生殖細胞の染色体数nの2倍が通常の体細胞の染色体数で2倍体(2n)で、そのさらに2倍の染色体を有するものが4倍体(4n)となります。
 
  しかし、この4倍体のブドウは樹勢が特に強く、枝が伸びやすい性質を持っていました。4倍体のブドウの樹勢の強さは、花振い(花が多数咲いても実がつきにくい現象で、ブドウによくみられる)になりやすく着粒が不安定になりやすい一因と考えられています。巨峰の場合は、「初期の巨峰と品種登録の拒絶、そしてその後」でも示しましたように、それが種苗名称登録(品種登録)を拒絶された理由ともなりました。
  巨峰は、その後、巨峰群と呼ばれる様々な4倍体ブドウを生み出しました。ピオーネ、藤稔(ふじみのり)、安芸クイーンなど様々な4倍体の欧米雑種が育成されました。それらは、巨峰同様、強い樹勢を示しました
  現在、ブドウの中で、シャインマスカットが人気となり、その栽培面積も増えています。このシャインマスカットは2倍体のブドウですが、これも樹勢が強くその樹勢をコントロールすることが、栽培のポイントともなっています。
 
■栄養週期栽培による巨峰栽培
  巨峰のような4倍体のブドウに限らず、2倍体の品種でも樹勢が強いものがあり、ブドウの栽培において樹勢の適切な管理が、栽培する上で重要な事項となります。
  これはブドウだけではなくその他の果樹でも同様です。窒素肥料は樹勢を強くしますので、その取扱いには特に注意を払います。樹勢が強くならないように栄養週期栽培では、ブドウに限らず果樹栽培においてお礼肥えや元肥において窒素を与えなかったり、与える場合でも極力少なくしたりします。無肥料出発という考え方から果樹の萌芽の時期に窒素肥料の効果があまり発揮されないように栽培管理を行います。
  果樹栽培において剪定の仕方も樹勢に影響を及ぼします。巨峰のような樹勢の強いブドウの場合は、樹勢を落ち着かせるために、冬季の剪定においてはあまり枝を切らない剪定(弱剪定または長梢剪定といいます)を行い、春の枝の伸長を制御します。ブドウは枝を強く切る剪定(強剪定または短梢剪定といいます)を行うと、春先以降に伸長量が大きく樹勢が強くなりやすくなります。これは、窒素肥料を多く与えた時と同じような現象を引き起こします。
  さらに、日本はモンスーン型気候で春から秋にかけての雨が多く、この雨によってもたらされる水分は窒素の効果を高め、枝の伸長を促します。日本に生まれた巨峰ですが、このような気候的な条件も厳しいものがありました。栄養週期栽培においては、上記のような施肥や剪定を中心に様々な対処をして、春先からの栄養生長時の樹勢を徹底してコントロールし、巨峰ブドウの栽培体系を築いていきました。
  栄養週期栽培に基づくブドウ栽培が記された本としては、「ブドウ・巨峰事典」(恒屋2002)があり、現在市販されている唯一の本となっています。
 
■各県で指導されている栽培方法 
  一方、一般的な農法においては、果樹栽培において、果実が実った後にお礼肥え、秋から冬にかけて元肥を与え、窒素肥料の投入は普通になっています。その必要性の根拠は、お礼肥えの場合は疲れた体を休ませるということと翌春にいち早く生長を促すこと、元肥も翌春の春先にいち早く生長を促し、葉を展開させ葉面積を増やし、光合成を活発にさせることを期待しているようです。
  しかし、このような手法は、特に巨峰のような枝の伸長が著しいブドウでは、栄養生長を活発にしすぎる傾向が生まれ、これが花振いをもたらすということになりました。栄養週期栽培以外でも、栄養週期栽培と同じように枝の旺盛な伸長を抑制することが必要であるとされていますが、お礼肥えや元肥に窒素肥料を含めることは普通に行われています。
  なお、中国の巨峰に花振いがほとんどないこと、実の成熟がしやすいことが報告されています(王他1996)。その報告に出ている写真を見ると、枝の伸長が抑えられており、栄養週期栽培がめざす発育の姿と、かなり近いものとなっています。この地域は砂漠地帯に近い乾燥地帯ですから、日本のモンスーン気候と違って生育期間中の雨が少なく、かつ晴れが多くなっており、気候の影響があると思われます。これが樹勢を抑制する一因となり、巨峰の果実の成熟に効果をもたらしているものと考えられます。
 
■巨峰の発育制御のための薬品の利用
  さて、そのような状況の中で、慣行的な栽培の中では、ビーナインという薬品が使われました。このビーナインは商品名で、物質はダミノジッドという植物成長調節物質です。生長ホルモンであるジベレリンの合成に関わる酵素の活動を阻害する効果があると言われています。導入当初は樹勢の抑制や花振いに効果を発揮して、長野を中心に使われ、長野の巨峰栽培を全国一に押し上げるほど効果を発揮しました。しかし、このビーナインは後に発がん性があるとして、果樹への利用はできなくなります(花卉には今も使われています)。ビーナインは使われなくなりますが、現在は枝の伸長を抑制する効果があるメピコートクロリド(商品名:フラスター)などのその他の植物成長調節物質が使われています。
  また、巨峰の種無し化が行われるようになり、種無しブドウに利用されていたジベレリンが巨峰に対して利用されるようになりました。ジベレリンは種無し効果だけでなく、果粒の伸長、さらには花振るい防止にも効果も発揮しました。これにより、これまでより強い剪定でも作りやすくなりました。ジベレリンの利用は、難しいとされていた巨峰の栽培を容易にし、さらに巨峰が普及していきました。このような種無し技術は、他の大粒品種でもどんどん利用されていきました。ピオーネや後ほど述べるシャインマスカットなどは、ほとんどがこのような方法で種無し栽培されています。
 
■様々な植物成長調節物質
  ブドウ栽培で使用されている主な植物成長調節物質を以下に掲げました。( )内は製品名の一例です。なお、殺虫剤や除草剤だけでなく、このような植物成長調節物質も農薬に含まれています。
 
〇種無し化
  ジベレリン(ジベレリン)
  ストレプトマイシン(ストマイ)
〇着果・肥大促進等
  ジベレリン(ジベレリン)
  ホルクロルフェニュロン(フルメット)
〇伸長抑制剤(矮化剤)
  ダミノジッド (ビーナイン)
  メピコートクロリド(フラスター)
〇その他
  アブシジン酸(アブシジン酸)
  エチレン(エスレル)
 
  これらは、工業的に製造されたもので、植物成長調節物質と呼ばれています。この中には植物の体内にもともと存在する植物ホルモンを人工的に製造したものもあります。たとえば、ジベレリンはジベレリン状、フルメットはサイトカインニン状、エスレルはエチレン状の物質です。
  植物ホルモンには、かつてはオーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシシン酸、エチレンが知られていましたが、近年、他にも植物の生長を調節する機能がある物質が確認されています。ただし、これらの機能は多様で、まだ科学的にわかっていないことも多くあるようです。
  これらの薬品が人体に影響を及ぼすかどうかについては、気になるところですがなんともいえません。ジベレリンについては、発がん性があるという報告が引用されている書籍(植村他2006)があるものの、その他には見られません。農薬登録手続きにおいてはそのような危険性はないと判断されているはずです。このため、一般的には、そのような危険性はないと考えられています。
 
■薬品により発育をコントロールするブドウ栽培
  このような薬品による発育のコントロールが、特に日本の大粒ブドウ栽培において一般的になっています。
  上述したとおり、はじめは巨峰の発育を制御するために使われたダミノジッド(商品名:ビーナイン)がありました。その後、ダミノジットが使えなくなるとメピコートクロリド(商品名:フラスター)などの植物生長調節剤が利用されています。
  さらに、種無しブドウ栽培ではジベレリンの利用により、高い技術がなくても大粒ブドウが作りやすくなっていきました。ただし、タネを無くするために1回、果実を大きくするために1回と、最低2回は一房一房薬品に浸すことが必要となります。ですから大変な労力です。消費者はタネがない方が食べやすいとして種無しブドウを好み、また、生産者は高度な技術を必要としない種無し化を行いました。また、各県の果樹試験場などの試験機関は、こぞって種無しに向いた新たな品種の開発に力をいれました。
  このようにして、大粒種無しブドウがどんどん増えていきます。近年、人気の高いシャインマスカットにそのような技術が結実し、巨峰の次の時代を担うブドウのような位置づけになっています。
  シャインマスカットも種無しにするため、上記の植物成長調節物質を用いて栽培されています。種無し化、着粒のためにはジベレリンだけでは不十分な場合があり、ホルクロルフェニュロン(フルメット)、ストレプトマイシンなどが併用されています。さらに、種有り栽培で樹勢を制御するために使われているメピコートクロリド(フラスター) も使用されています。
  前述したとおりシャインマスカットは2倍体のブドウですが、樹勢が強いため、樹勢を抑えるためにこのフラスターが利用されています。短梢剪定や元肥・礼肥における窒素施用など、樹勢が強くなるような栽培方法を取り入れながら、一方で薬品によって樹勢の制御を行うという一見矛盾したことがなされています。これは、ブドウの発育を薬品によって操作することで対応すればよいという考え方から出ているものと思われます。薬品を中心にして組み立てられた栽培技術といえるでしょう。
  このように薬品によって発育を操作しますが、もともと樹勢が強くなるような手法をベースとした栽培方法です。樹勢が強くなるような状態は、窒素(N)の効果が持続していることであり、不健康な発育をもたらしやすくし、病虫害に対する抵抗性を弱めます(「作物の健康という視点」参照)。そのため、病虫害に対する殺虫剤や殺菌剤など農薬の施用量も多くなると考えて良いでしょう。減農薬栽培をされている方もいますので、もちろんすべてではありませんが、一般的な種無しブドウ栽培においては、植物成長調節物質としての農薬と病虫害のための農薬を合わせれば、多量の農薬が使用されていると考えて良いと思います。
 
■おわりに
  巨峰の栽培方法について、栄養週期栽培と慣行的な栽培を比較して見てきたことでわかるように、慣行的な栽培では、ブドウの発育を薬品によって管理する栽培技術を作り上げていったことがわかります。それは、巨峰に代表される大粒ブドウの樹勢を通常の栽培でうまくコントロールできなかったことから始まりました。解決法を薬品に求めたと言えるように思います。さらに、薬品による発育の制御は、種無し大粒ブドウの栽培に受け継がれていきました。
  現在、ブドウ栽培に関連する団体や研究機関は、生食用の大粒ブドウに対しては上記のような薬品を用いた種無し栽培を推奨していて、種無し栽培が新しい技術で、種有り栽培はもう古い技術であるようなムードが生産の現場に見られます。生産者の中にもそのように感じている人たちが多くなっています。
  栄養週期栽培を長年やってきた人でも、現在、種無し栽培技術を使って、「種無し、大粒、皮ごと食べられる」ブドウを作っている方が増えています。これは、消費者の要望に応えるため、そして生活のためです。しかし、もともと栄養週期栽培は、その植物が本来持っている発育のあり方を生かしながら、成熟に向けて手を貸していこうという立場です。薬品によって発育を制御し、ましてタネまで薬品でなくしてしまうということに違和感をいだく人は、日本巨峰会の会員の中には今でもいます。
  このような薬品による発育の制御を前提とした栽培方法の開発を行っている人たちの心の奥には、作物を機械、物質としてとらえる視点があるように感じられます。きれいに割り切れるわけではありませんが、栄養週期栽培では作物を生き物として見ようとします(「栄養週期栽培の作物観」参照)。ここには違いがあります。
  種有りブドウのほうが種無しブドウより品質が良いことは、種有りブドウを作る技術をもった生産者の方々の多くはわかっていますし、そのような論文も出ていますが(藤島他2012)、今の消費者は食べやすさを優先します。このため、種無しブドウのほうが需要が高まり、価格も高くなります。生産する側も生活がかかっていますから儲かるほうに向かっていきます。そして、薬品の効果による異様とも言える種無し巨大ブドウが果実売り場に並び、人々はそれがあたりまえと感じるようになっています。
  消費者の方々は、種無しブドウが薬品によって作られていることはあまり知らないように思います。このような話をすると、たいていの人は驚きます。消費者の方々の多くがこのような事実を知り、「栽培の過程」に興味をもっていただけたら、種無しブドウが今のようにもてはやされる状況は多少は変わるかもしれません。
 
≪参考文献≫
・藤島宏之・松田和也・牛島孝策・矢羽田第二郎・白石美樹夫・千々和浩幸. 2012. 「ブドウ‘巨峰’のジベレリン処理果実と無処理果実の品質の差異」. 園芸学研究, 11巻(3号): 405–410.
・農文協編. 2017. 「ブドウ大事典」. 農村漁村文化協会.
・王 世平・劉 効義・岡本五郎. 1996. 「中国・寧夏のブドウ‘巨峰’の良好な有核結実,胚珠発育と花粉管成長」. 園芸学会雑誌, 65巻(1号): 27–32.
・恒屋棟介. 2002. 「ブドウ・巨峰事典 [POD版] 」. 博友社.
・植原宣紘・山本 博. 2015. 「日本のブドウハンドブック」. イカロス出版.
・植村振作・河村 宏・辻 万千子. 2006. 「農薬毒性の事典第3版」. 三省堂.

《種無しの大粒ブドウ》

  近年流行している大粒種無しブドウの一例です。
  シャインマスカットやピオーネはほとんどが種無しで販売されています。この他にも様々な品種があります。これらは、ジベレリン、ホルクロルフェニュロン(フルメット)、ストレプトマイシンなどの植物成長調節剤(農薬)などを用いて種を無くし、また果実を大きくします。最近は、薬品による巨大化が一層進んでいます。

 
★種なしシャインマスカット
 
★種無しピオーネ
 

《栄養週期栽培による
 大粒の種有りブドウ》

  日本巨峰会の会員の方が作った種有りブドウの一例です。

 
★栄養週期栽培による
種有り巨峰
 
 
 
★栄養週期栽培による
 種有りシャインマスカット
 

 良い種有りブドウを作るためには樹勢を抑えることが求められますので長梢剪定により育てます。栄養素については、窒素肥料を抑制し、交代期以降にリン酸、カリ、カルシウムなどを利用して、果実と樹体の成熟を図ります。このようなブドウには甘味、酸味、風味、食感が調和した格別の味わいがあります。種有りの巨峰が種無しの巨峰より品質的に優れていることは学術的な研究によっても示されています(藤島他2012)。
 
《参考文献》
藤島宏之・松田和也・牛島孝策・矢羽田第二郎・白石美樹夫・千々和浩幸. 2012. 「ブドウ‘巨峰’のジベレリン処理果実と無処理果実の品質の差異」. 園芸学研究, 11巻(3号): 405–410.

《薬品により
 樹勢を制御する
 大粒の種有りブドウ》

  しかし、種有りなら品質が良いとは簡単には言えません。樹勢をうまくコントロールすることができなかった慣行農法では、植物生長調節剤で伸長抑制効果のあるダミノジッド(ビーナイン)やメピコートクロリド(フラスター)を使って発育を制御してきました。このような栽培方法で種有り巨峰を作ってきた人たちの多くは、現在は種無しブドウ栽培に転換していますが、今でも栽培されています。このように栽培されたブドウは、種有り栽培といえども品質は劣っています。
  なお、今は発がん性の可能性があるとしてダミノジッド(ビーナイン)は使われていません。