栄養週期栽培における土壌のとらえ方

理農学研究所
2019年10月

■はじめに 
       作物の生産において「なによりも土作りが重要である」と語られることが良くあります。土壌は作物が自らを支える場所であり、かつ様々な養分を吸収する場所なので作物の生産において重要です。
  ただ、土壌の重要性を強調する方々と、栄養週期栽培は土壌に対する見方がだいぶ違います。栄養週期理論では作物の自律性に注目し、農産物の生産において最も重要なのは作物そのものであるという視点が強いという特徴があり、土壌をことさら重視することはありません。また、栄養週期栽培では「土つくり」というような言葉はあまり使うことはありません。
  そこで、栄養週期栽培における土壌の位置づけをご紹介したいと思います。
 
■栄養週期理論における土壌のとらえ方
☆意外な指摘
  1930年に初版が出版された大井上康氏のブドウに関する大著「葡萄の研究」(大井上1970)には、土壌の母岩(※注)の違いが、ブドウの収量、品質に大きな影響を及ぼすことが記され、また、土壌型の特性、土壌の物理性や化学性がブドウの生育に及ぼす影響が整理されています。この中で、腐植に富む土壌はブドウの品質にとって良くない傾向をもたらすことを記しています。
  また、「新栽培技術の理論体系」(大井上2011)では、土地の肥沃度の観点から、肥沃な場所がかならずしもいいとは限らないことを論じています。さらに、重粘な土のほうが軽粗な土よりも良い場合があることも述べています。
  これは、一般的に良くいわれる「ふかふかな土壌」が良いとか、「腐植層が重要」というような見方と違っています。これについては、最後にもう一度触れます。
 
※注)母岩とは母材の原料で風化を受けていない岩石。母材とは化学的に風化を受けている鉱物や有機物で土壌の層が発達するときの材料。
 
☆栄養週期栽培の視点
  「巨峰ブドウ栽培の新技術」(恒屋 1971)の中では、粘質土とそれと対照的な砂質土について説明しています。
  栄養素の効き方に着目して、次のように粘質土の説明がされています。
 
「粘質土は、重く、粘質で、土壌栄養素の保有力は大きい。したがって、土壌中の養分や施された養分の分解は遅く、徐々にしか吸収されない。このことは巨峰ブドウのような栄養生長のはげしいものにとっては、第一生長の徒長を抑える。したがって、花振い、単為結果を少なくする傾向をもっている。しかし、その反面、窒素の分解が遅れる傾向にあり、果房、果実は大きいが、糖質と肉質が劣る場合も少なくない。また、粘質土は肥料成分の保有力が強い上に、水分含有量も多いために、発育後期に生長がはげしく、夏伸び、秋伸びをするおそれがある。このことは枝の成熟を不良にしがちである。また、乾燥すると根群を切断することもある。」
 
  恒屋棟介氏の記述は、上記のように、粘質土の特性から、生殖生長に対する良い面とマイナス点の双方を述べています。そして、発育後期つまり生殖生長期に栄養生殖を助長する可能性を示唆しています。これは、栄養週期栽培からみれば良くないことなので、上記の大井上康氏が述べていることと違っています。
  また、粘質土と対照的な砂質土については、以下のように述べています。
 
「砂質土の欠点は、窒素の肥効が早いから、一時に多量の窒素を施すと吸収が早く、平坦地の砂地では発病しやすい。その反面、窒素の肥効が継続しないため、実止り後、結果枝の元葉がその機能を失い、赤葉の形で落葉しやすい。したがって、他の土壌に比べて窒素栄養をやや遅く、果粒肥大末期ごろまで維持する方法をとらなければならない場合がある。」
 
  このように、砂質土の特徴は窒素が早く効果をだし、同時に肥効が継続しにくいことが記されています。
  このような特性を踏まえて、粘質土、砂質土のそれぞれについて異なる対応が必要であるとし、「巨峰ブドウにとって理想的な最適土壌、適地はない。」と述べ、重要なのは、巨峰の発育に対して、何が有利に働き、何が不利に働くかを分析し、その不利な面を技術的に排除、あるいは変更することであることを述べています。
  稲の栽培に関する実践書(「商品米の生産」(恒屋1989)では、「健康苗のための土壌条件」として、以下の項目を挙げています。
 
・土は一定の通気性をもっていること
・土は一定の保水性をもっていること
・土は一定の保温性をもっていること
 
  このような条件は必要であるものの、あとは、上記の巨峰ブドウと同様に、技術的に対応するという立場です。また、地力を良くすることは重視していません。
 
■まとめ
  栄養週期栽培においては、上記の記述のとおり、目の前にある土壌の何が有利に働き、何が不利に働くかを分析し、作物に不利な面があれば、肥培管理を中心とした栽培管理により技術的に対応していきます。
  有利不利の指標となるのは、「発育段階に応じた栄養状態」に示したような、栄養状態(栄養型)です。
  体を大きくする時期には栄養生長が活発になるようにしますが、実をつけ成熟を図る時期には栄養生長を抑制します。つまり、窒素の肥効を抑えます。それは作物の体内ではC/Nの値が高まるような状態ということになります。栄養週期栽培では、作物自身が生殖生長期に成熟を図る、つまり炭水化物が蓄積するように栽培管理を行っていきますが、土壌についてもそのような視点から適不適を見ています。したがって、生殖生長期に窒素の肥効が続くような土壌は良くないと考えます。これは、「土つくり」によって作られた「ふかふかな土壌」に対しても同様です。有機肥料が多量に存在し、それが生殖生長期においても窒素の肥効をもたらし続けるようであれば、良い土とはいえないということになります。
  このページの初めのほうに記した大井上康氏が述べていた「腐植に富む土壌はブドウの品質にとって良くない傾向をもたらす」とか「あまり肥沃でないほうが良い」とか「粘重な土のほうが軽狙な土より受精が良好である」という見方も、窒素の肥効と炭水化物の蓄積の視点から見ると理解できると思います。根はしっかり張っていたほうが良いですが、スカスカの土と窒素の肥効により伸びすぎれば、それは上部の枝葉の伸びすぎにもつながります。伸びなくてよい時期まで伸びすぎが続けば、成熟つまり炭水化物の蓄積を阻害することになります。恒屋棟介氏が述べるように一般的には粘土質の土は良くない面を持ちますが、重粘な土が都合よく伸びすぎを抑制するような場合は、良い成果を上げることがあるでしょう。ブドウの根域制限栽培(※注)が通常の栽培よりも果実の成熟に効果があるという研究結果がありますが(王他1998)、これもそのような視点からみれば理解できるものです。
 上記のように土壌と向きあっていくのが、栄養週期栽培の特徴です。「このような土が一番」とか「このような土でなければならない」というこだわりがあまり強くないことが感じられるかもしれません。
  このような視点が生まれてきた背景には、生産者の方々がかならずしも都合の良い土地をもっているわけではないこと、大規模な土地の改良ができるような経済的な余裕がない方々がいること、そしてそのような方々が商品的価値の高い生産物を作ることができ生活を成り立たたせることができるようにすること、そのようなことに配慮して戦前から栽培技術を作りあげてきたことも関係していると思います。
 
※注)根域制限栽培: 根を伸ばせる範囲が限られた所に果樹を植えて、灌水や施肥による制御を行なう栽培方法。根の伸長は抑制されるが細根が多くなる。
 
《参考文献》
・大井上康. 1970. 「復刻版 葡萄の研究」. 博友社.
  (原著:大井上康. 1930. 葡萄の研究. 養賢堂)
・大井上康. 2011.「新栽培技術の理論体系 再改訂版」. 日本巨峰会.
  (原著:大井上康. 1945.)
・恒屋棟介. 1971.「巨峰ブドウ栽培の新技術」. 博友社.
・恒屋棟介. 1989.「商品米の生産 第二版」. 日本巨峰会.
・王 世平・岡本五郎・平野健. 1998. 「根域制限したブドウ‘巨峰’ 樹の休眠期から開花期に至る炭水化物と窒素栄養の変化」. 園芸学会雑誌, 67(4):577−582.