発育段階に応じた
栄養状態

★発育段階ごとの栄養状態
 栄養週期理論は、簡単に言うと「作物の発育の段階や育ち方に応じて適切な栄養状態に導こうという考え方です」と、このコーナーのはじめのページで記しました。
 タネの時期から始まって実をつけるまで、作物には発育の段階があり、大まかには栄養生長期、交代期、生殖生長期に分けられますが(発育段階については、「発育段階」のページを見ていただければと思います)、それらの段階に応じて適切な栄養状態に導くように手を添えていきます。ここでは、栄養週期栽培が指標とする「栄養状態(栄養型)」について記します。
 
★栄養週期栽培がめやすにする栄養状態
 栄養週期栽培では、炭水化物、窒素、栄養生長の状態、花芽の分化の状態などを目安にして、作物の栄養状態を類型化していきます。
 その基礎となっているのが、クロース・クレイビルの1918年の論文です(Kraus・Kraybill 1918)。そのクロース・クレイビルはその論文の中で、トマトに関する研究に基づき、水分、窒素、炭水化物の条件とそれに伴う生長の仕方や花芽の分化の特徴を整理しています。それを、「硝酸塩、炭水化物、水分に関する4つの一般的な状態」(Four general conditions of the relation of nitrates, carbohydrates and moisture)と記しています。
 これを、大井上康氏は「4つの場合(状態)」と呼び、「新栽培技術の理論体系」(大井上2011)に記載しています。その記載の内容を表にしてみたのが次の表です。
 

4つの状態 栄養の条件 生長の状態 花芽・受精
第1 ・水と窒素の供給が充分 栄養生長は不活発 ・花芽分化は行われない
・炭水化物の生成が不十分
第2 ・水と窒素の供給が充分 栄養生長は活発化 ・花芽分化は行われない。
・炭水化物の生成が充分 ・または花振いが生じる
第3 ・炭水化物の生成に対して窒素の供給が少ない場合、炭水化物が体内に蓄積、 栄養生長は「第2」の状態よりも弱い ・花芽の分化は良好
・実どまりも良い
第4 ・第3のケースよりも更に窒素の供給が減少 栄養生長は微弱 ・花芽分化は不良
・炭水化物は蓄積 ・花振いが生じる
 
 大井上康氏はこの類型をさらに細かくし中間型を加えて、全部で7つの型を設定していますが、ここでは省略し上記の4つの状態を利用して誘導の仕方を見ていきます。
 
★C/N
 上記のクロース・クレイビルの「4つの状態」にしても、大井上康氏の「7つの型」にしても、炭水化物と窒素の関係に注目しています。「新栽培技術の理論体系」(大井上2011)には「栄養生長から生殖生長へ変わる頃には、体内の窒素に対する炭水化物の割合が急速に増大する。これは窒素を改めて与えなければ必ず起こってくる現象で、作物の成熟や栄養生長の終結を示す最良の指標となる。」と記しています。
 大井上康氏はC/Nという表記を使って、その関係を表現しています。
 ところで、C/Nという表現は、一般的には堆肥などの有機質肥料の特性を表す用語としてC/N比(炭素率)が登場します。「C/N比が小さい(チッソが多い)ほど、微生物による有機物分解が早く、すみやかにチッソが放出される。反対にC/N比が大きいほど分解が遅く、むしろ土の中のチッソが微生物に取り込まれる。」と言われています。C/N比が高いとチッソ飢餓が生じる可能性があるとされます。このため、有機質肥料を扱う方は、肥料の持つこのような性質に配慮していると思います。
 このような肥料の性質としての話は良く見られますが、作物体内のC/N比については、最近の日本の農業関係の書籍にはあまり見られず、作物自身の体内のC/Nに注目することは栄養週期栽培の一つの特徴ともなっています。
 このようにC/Nへ注目することに対して、批判的にみる研究者もいたようです。C/Nだけで作物の発育のあり方が決まるわけがないというものです。ただし、栄養週期栽培では「C/Nが作物の発育・栄養状態の指標となる」としていますが、発育の原因であるとは考えていません。このあたりには誤解があるように思います。興味深いことに、近年の植物生理学においてC/Nが、生命現象を理解するうえでとても重要であるという研究も現れていますので、指標以上の意味があるかもしれません(「作物体内のCN比に関する研究」参照)
 なお、ここで記すようなC/N値が生じる状況は、様々な文献や実験を通して把握されており、これを踏まえて議論の展開がなされています(大井上2011)。しかし、現実の農場では、C/N値をいちいち計測することは難しいので、発育の姿(発育型)から類推することが行われています。
 
★適切な栄養状態への誘導
 クロース・クレイビルの「4つの状態」とC/Nという表記を使って、栄養週期栽培における適切な栄養状態への誘導の例(稲の例)を以下に示します。
 
【苗時代】
・クロース・クレイビルの第4の状態から出発する。
 〔C/N値極大(極少窒素、多炭水化物)〕
【その後】
・徐々に第3の状態に移す。
 〔C/N値かなり大(中窒素、多炭水化物)〕
【最繁茂期】
・第2の状態の近くまで誘導する。
 〔C/N値小(多窒素、中炭水化物)
【交代期】
(栄養生長と生殖生長の過渡期。 発育の段階」のページ参照)
・再び第3の状態にもどす。
【生殖生長に入ると同時】
・第4の状態に復帰させる。
 
 このような栄養状態(これを栄養型と呼んでいます)を指標として、作物の発育を誘導するということを行っています。
 栄養週期栽培の基本的な栄養状態の誘導の仕方が上記のイネの例に表れていますが、さらに概略的に述べると次のようになります。
 
・発育の初期:第4の状態
(発育の初期には無肥料出発という考えがあります)
・栄養生長期:第2の状態
・交代期  :第3の状態
・生殖生長が進むにつれ:第4の状態に近づける
 
 このような栄養状態への誘導のために、様々な対処をしますが、その一つである施肥が重要な要素となっています。
(それについては「栄養週期栽培の施肥の特徴」のページをご覧ください。)
 
《参考文献》
・KRAUS E. J. and KRAYBILL H. R.. 1918. Vegetation and Reproduction with Special Reference to the Tomato. Oregon Agricultural College Experiment Station. Station Bulletin; 149.
・大井上康. 2011.「新栽培技術の理論体系 再改訂版」. 日本巨峰会.
                         (原著は1945年)