作物体内のCN比に関する近年の研究報告

2020年4月
理農学研究所 恒屋冬彦

 
■はじめに
  栄養週期栽培の基本は、「作物の栄養状態を、作物の育ち方や発育の段階に応じて適切な状態に誘導する」ということになります。この「栄養状態」をクロース・クレイビル(KRAUS and KRAYBILL 1918)、や大井上康氏が示す栄養状態の類型(大井上2011)を利用して表します。それらを次表に掲げました。
  なお、この栄養状態の類型を栄養型と呼んでいます。
  

表1 クロース・クレイビルの4つの場合

 
  

表2 トマトの生殖生長期の状態を例とした栄養型の7分類(大井上康2011)
注)カッコ内は、クロース・クレビルによる1から4の条件(場合)を示す

  
  この表に示された指標の内、作物体内の「炭水化物と窒素の関係(CN比またはC/N値)」に注意を払うことは栄養週期栽培の特徴となっています(発育段階に応じた栄養状態参照)。「商品米の生産」(恒屋1989)のようなイネの栽培の本においても、「ブドウ・巨峰事典」(恒屋1985)のようなブドウ栽培の本においても重視されていて詳しく説明されています。
  ところが、CN比については近年、有機肥料の中の窒素と炭水化物の量の比を表す言葉としては良く出てくるものの、農作物の体内のCN比を論じたものは、本や一般誌などでは、めったにお目にかかりません。体内のCN比の重視は、珍しいものとなっています。
  そこで、この植物の体内のCN比が近年の研究でどのように扱われているか調べてみましたのでご紹介します。
 
■作物体内の窒素と炭水化物(CN比が記された文献)
☆作物体内のC/N比に関する記述がある植物栄養学などの書籍
  栽培に関する専門書の中から作物体内のCN比に関する記述を見つけたものを以下に整理してみました。
 
○「ブドウ栽培の基礎知識」
  この書は、ハンガリーのブドウ学者コズマ・パール氏が記したものです(コズマ1970)。すでに50年近く前の本です。この中には、C/Nというような表現は出ていませんが、NとCの関係が相反する関係にあることが記されています。
○「作物比較栄養生理」
  「5 果 樹」(久保田1982)という項目の中に栄養週期栽培の見方と類似したことが記されています。ただ、この文章を書く上で、引用されている文献が1950年代と古いものです。
○「作物の生理・生態学大要」
  「作物の生理・生態学大要」という本の「Ⅵ. 作物の物質代謝」(池田2001)という項目の中に、次のような解説があり、「この値が低い時、すなわち窒素を多く施した時、栄養生長のみ盛んで(できすぎ)種子の収穫量は少ない。一方、高い時、すなわち窒素が欠乏している時、細胞壁が発達し、作物は強靭に育つ。 この値が、中程度の時に、好ましい収量が得られる。」と記されています。
 
☆その他の栄養生理学などの専門書
  このように、1970年、1982年、2001年と少し古い本に、作物体内のC/Nに関する記述がみられました。この他の同時期の書籍では、1982年の「果樹の栄養生理」(石原1982)には記述はありませんでした。また、「最新土壌・肥料・植物栄養辞典」(三井監修1982)には有機肥料のCN比に関する記述はありますが、体内のC/Nに関しては記されていませんでした。
  さらに新しい専門書を見てみますと、「新植物栄養肥料学」(米山他2010)、「植物栄養学」(間藤他編2010)には、有機肥料に関するC/Nだけです。
  このように、比較的あたらしい植物栄養学の本においてCN比は肥料である有機肥料に限定したものとなっています。上記のような総論的な書籍は、その分野の学会や業界の全体的な興味をある程度を反映していると思いますので、近年は体内のC/Nに対しては興味が持たれていないということだと思われます。
 
☆C/Nが記述された論文
  次いで、個別の研究論文に眼を向けてみます。
 
○樹体内の炭水化物と窒素に関する研究
  果樹、穀物、野菜でも実をつける農作物においては、実の成熟は炭水化物の蓄積を伴うものですから、実においてはCの値は高くなります。
  ただし、栄養週期栽培では、生殖体の成熟だけでなく栄養体の成熟にも注意を向けています。そして、果実の成熟と体成熟に伴って次のような事が起こります(大井上2011)。
 
・果実の成熟では、果実の着色期になって、すでに体に貯まったものが急激に移行する。(成熟期に近づいて窒素の補肥を行うことは、成熟をさまたげることになる。)
・体成熟とは、同化物質が体内で多くなって集積と高分子化を伴う状態である。この時、炭水化物・ホルモンの集積などが生じる。
 
  体成熟がうまくいけば、品質も良く収量も多くなると大井上康氏は述べています。これは、大根、白菜、キャベツなどのように生殖器官を収穫の目標としないもの同様です。このような視点からC/N値に注意を向けているのですが、一般には実の成熟以外にはあまり興味は向いていないよう思われます。
  そのような状況ですが、炭水化物の樹体への蓄積が果樹の成熟の指標をなることを述べた論文があり、窒素と炭水化物の関係に目を向けています。
  その一つは、ウンシュウミカンを対象としたもので、11月の樹体における炭水化物の含有率が翌年の着果程度と関係し、含有率が高いほうが着果を多くすることが示されていました(岡田2004)。また、もう一つは、根域制限栽培した巨峰と地植えの巨峰を比較したもので、体内の「糖の濃度の高さ・窒素濃度の低さ」が、良好な果実の成熟と関係がありそうだということを示していました(王他1998)。
 
○農研機構北海道農業研究センターにおける一連の研究
  農研機構の北海道農業研究センター根圏域研究チームで、窒素施肥と糖の含有率に及ぼす影響などが報告されています(建部1999、岡崎他2006)。
  その中でも比較的新しい「窒素栄養が代謝プロファイルに与える影響の解析」(岡崎他2007)という論文では、ホウレンソウを材料として、体内における糖類、アミノ酸などの量について最新技術による測定を行っています。その結果、糖類とアミノ酸の関係がとらえられ、窒素含有率の高い個体において、糖の含有率が低く、逆にアミノ酸、有機酸などが多くなるという関係があることを報告しています。栄養週期栽培で理解されている窒素と炭水化物の関係と同じような関係を示しています。
 
○基礎科学におけるC/Nバランスに関する研究
  C/Nに関する研究は、このような農業関連の研究だけではなく、基礎科学の分野でも行われています。特に、北海道大学理学部生命科学科からいくつもの研究成果が発表されています。ここではC/Nが植物の生き方に大きな影響を及ぼしていると考えており、その分子機構に迫ろうとしています。
  その研究成果は、「C/Nバランス調節による植物の代謝・成長戦略」(佐藤・山口2013)という総説に記されています。
  その中には、次のような記述があります。
 
  植物にとって適切な栄養素バランスの維持は、最適な生長を遂げるうえで重要で、そのなかでも、炭素(C)と窒素(N)のバランス(C/N )は細胞内の基幹代謝、さらには植物のライフサイクル転換を制御する重要なシグナルとなる。
 
  このように、植物の生活にとって非常に重要であるとし、さらに、C/Nは植物の発育に深くかかわっているとして、次のように述べています。
 
  発芽後の生長の調節は、種子貯蔵物質のエネルギーに依存した「従属栄養生長相」から緑葉での光合成と根からの無機栄養素吸収による「独立栄養生長相」への転換点にあたる。この転換点では、植物が高C/低N状態にある場合、その進行が阻害される。一方、「栄養生長相」から「生殖生長相」への転換点である花成や老化においては、その効果が逆転し、 高C/低N状態により促進されると考えられている。こうした植物のライフサイクルにおけるC/N効果は果樹栽培などの農業の現場では経験的によく知られており、花芽形成の時期には窒素栄養分を制限する施肥管理が行われてきた。さらに、野生のシロイヌナズナでも、高C/低N条件で花成促進が観察されている。
 
  この記述は、栄養週期理論によるとらえ方と類似しています。
  上記のような生理学的現象が知られている反面、それを引き起こす分子メカニズムに関する情報はほとんど明らかになっていなかった中で、筆者らは、自分たちの研究でC/Nに反応する分子機構が少しずつ明らかになりつつあるとしています。そして、以下のように記しています。
 
  C/Nは高CO2 条件下や貧栄養土壌での最適な栄養素の吸収や作物収量の増加に直結することから、農業的観点からも重要性が増している。また、植物細胞内の糖および窒素栄養状態は、病原体への抵抗性にも影響を与えると考えられており、また、低温や乾燥といった環境ストレス耐性にも細胞内の糖濃度が関与することが報告されている。C/Nによる炭素・窒素代謝制御は、 植物の成長および多様な環境ストレス適応機構における基盤となる生命現象であり、今後のさらなる研究の発展が期待される。
 
  これと同じような問題意識から、新しい研究論文が同じ研究室から発表されています(Lu et al. 2015、Reyes et al. 2018)。このように、植物の発育に関係する体内におけるC/Nという視点は、基礎的な自然科学の研究でも注目されています。
 
■おわりに
 -栄養週期栽培においてCN比が意味するもの-
  クロース・クレイビル両氏が論じたのは1918年、大井上康氏が論じたのが1945年(大井上2011)と昔の話です。そのような時代に考えられた視点が今でも有効なのか気になるところですが、基礎研究を行っている研究者が、「C/Nが植物の生長および環境への適応における基盤となる生命現象」と述べその重要性を語っています。また、農学における圃場実験からも栄養週期栽培で唱えられていた認識が裏付けられており、「新栽培技術の理論体系」(大井上2011)に記載されているC/Nに関する理解は、間違っていないことがわかります。
  ただし、最後に付け加えておきますが、大井上康氏は、「新栽培技術の理論体系」(大井上2011)で、次のように述べています。
 
「C/Nは指標としては間違っていないが、これが作物の発育を引き起こす原因と早合点してはいけない。C/Nの動きは発育という体の内部の変化が引き起こし進行するものでC/Nはその結果に過ぎない。」(要約)
 
  C/Nはあくまで指標であり、作物の発育の本質的な原因は生命そのものの中にあると大井上康氏は考えていますが、それはその生命観・作物観から生まれています(栄養週期栽培の作物観参照)。
  とはいえ、上述した近年の研究成果からは、「指標」以上の役割をもっている可能性が指摘されています。大井上康氏が思っていた以上に重要な要素なのかもしれません。
  上記のとおり、比較的新しい文献を含めて概観しましたが、作物体内の窒素と炭水化物の関係(C/N値)という視点が今でも有効性を失っていないことがわかると思います。
 
《引用文献》
・池田 武. 2001. 「Ⅵ. 作物の物質代謝」「作物の生理・生態学大要」(池田 武編). 113-125. 養賢堂.
・石原正義. 1982. 「果樹の栄養生理」. 農文協.   
・Jones J. Benton. 2012. Plant Nutrition and Soil Fertility Manual. CRC Press.
・KRAUS E. J. and KRAYBILL H. R.. 1918. Vegetation and Reproduction with Special Reference to the Tomato. Oregon Agricultural College Experiment Station. Station Bulletin; 149.
・久保田収治. 1982. 「5 果 樹」「作物比較栄養生理」(田中 明編). 221-238. 学会出版センター.
・コズマ・パール(粂 栄美子訳). 1970. 「ブドウ栽培の基礎理論」. 誠文堂新光社.
・Lu Y.・Sasaki Y.・Li X.・Mori I. C.・Matsuura T.・Hirayama T.・Sato T. and Yamaguchi J.. 2015. ABI1regulates carbon/nitrogen-nutrient signal transductionindependent of ABA biosynthesis and canonical ABA signalingpathways in Arabidopsis. Journal of Experimental Botany, 66(9):2763-2771.
・間藤 徹他編. 2010. 「植物栄養学」(第2版). 文永堂出版.
・三井進午監修. 1982. 「最新土壌・肥料・植物栄養辞典 増訂版」. 博友社.
・岡田正道. 2004. ウンシュウミカンの生産性予測要因としての樹体養分の有効性. 園芸学会雑誌, 73 (2): 163 − 170,
・岡崎圭毅・建部雅子・唐澤敏彦. 2006. 「ホウレンソウにおける汁液硝酸イオン濃度の推移および糖・シュウ酸含有率に対する養液土耕栽培の効果」. 日本土壌肥料学雑誌, 77(1):25-32.
・岡崎圭毅・信濃卓郎・中村卓司・建部雅子. 2007. 「窒素栄養が代謝プロファイルに与える影響の解析」, 生物工学会誌, 85(11): 482-484.
・大井上康. 2011.「新栽培技術の理論体系 再改訂版」. 日本巨峰会.
・Reyes T.H., Scartazza A., Pompeiano A., Ciurli1 A., Lu Y., Guglielminetti L., and Yamaguchi J.. 2018. Nitrate Reductase Modulation in Response to Changes in C/N Balance and Nitrogen Source in Arabidopsis. Plant Cell Physiol., 59(6): 1248-1254.
・佐藤長緒・山口淳二. 2013. 「C/Nバランス調節による植物の代謝・成長戦略」.化学と生物, 51(11):763-772.
・建部雅子. 1999. 「窒素栄養の制御による作物品質成分の改善に関する研究」. 農業研究センター研究報告, No. 31, 19--83.
・恒屋棟介. 1985.「ブドウ・巨峰事典」. 博友社.
・恒屋棟介. 1989.「商品米の生産 第2版」. 日本巨峰会.
         (初版は、明文書房より1963年発行)
・王世平・岡本五郎・平野健. 1998. 「根域制限したブドウ‘巨峰’ 樹の休眠期から開花期に至る炭水化物と窒素栄養の変化」. 園芸学会雑誌, 67(4):577−582.
・米山忠克他. 2010. 「新植物栄養・肥料学」. 朝倉書店.