リンと地球環境問題

=栄養週期栽培の有効性=

理農学研究所
2022年1月

 
■はじめに
 リンは作物栽培上重要な栄養分で、窒素、リン酸、カリは3大栄養素とされています。しかし、リンの多量の利用による環境汚染や枯渇の問題が懸念されています。SDGs(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals)が近年特に話題なり、地球環境問題の視点が日常的なものとなっていますので、リンに関わる地球環境問題を取り上げ、その上で、栄養週期栽培の有効性について考えてみます。
 
■リンの環境問題上の注目点
 リンは、河川などの水域に流入して水質の汚濁をもたらし、富栄養化の原因となっていることが言われてきました。近年出版された地球環境と農業を取り扱った書籍にも、リンが社会的に環境問題の中で取り上げられたのは、「水質汚濁物質としてのリンの排出に関してと、資源確保に関してであった。」と記されています(石坂他2020)。ただ、地球環境問題という観点からは、リンはあまり議論されることはなかったようです。
 現在、リンに関して、地球環境問題の視点からみて特に注目されているのは、リン資源の枯渇、リンの地球規模の循環の阻害の問題のようです。農業にかぎらず、人間の活動に付随して多くのリンが使用され、リン資源が枯渇し地球上のリンの循環が阻害されることが懸念されています。日本の場合、リン鉱石がないので全量が輸入ですが、国内に持ち込まれたリンの大部分は有効に使われておらず、土壌に蓄積したり、廃棄されたり、放流されたりしているといいます(石坂他2020)。
 農業に目を向けると、肥料として農地に散布されるリンの量は年間約40万トンあるそうですが、その内約 10%に相当する4万トン程度しか農作物に回収されていないという指摘があります(大竹2010)。そこで、農業においても、リンの有効性を高めて、資源の保全に努めていくことが必要だということになります。
 
■農業におけるリン多用の原因
 日本では、日本の農地には酸性の火山灰土壌が多く、リンが吸着されて固定化されやすいため、リンの施肥量が多くなりがちと言われています。しかし、多量のリン肥料の投入は、日本だけでなく世界的に行われているようです。
 この問題に対して、提言をまとめた比較的新しい論文が2014年にイギリスで出ています(Withers et.al. 2014)。そのタイトルは「土壌ではなく作物を養う。食物の連鎖におけるリンの管理を再考する」というものです。栄養週期栽培を行っている方であれば、このタイトルの「土壌ではなく作物を養う(Feed the Crop Not the Soil)」という部分に、栄養週期栽培との親和性を感じる方もおられると思います。なお、この論文について、西尾道徳氏が概要を日本語で公開しています(西尾2014)。
 その論文には、農業におけるリン多用の理由とリン蓄積の経緯が、以下のような趣旨で整理されています(多少修正・補足してあります)。
 
 大方の先進国は、作物の生育や収量がリンによって制限されないように、土壌中の可給態リン(通常の作物が吸収できるリン)が一定量以上になるよう高い基準を設定している。その量は、作物の生育を低下させず、経済的に妥当で、過剰害を起こさせない程度の量である。この設定値を保険レベルと読んでいる。
 このような値は高めに設定されている。それは作物が土壌に蓄積している可給態リン量から必要なリン量を確保できるようしたいが、土壌にリンが固定され肥料として吸収されるリンの回収率が低いためである。これまでリン肥料が比較的安価だったために、このような設定値に対応することが可能となり、過度に施用されてきた。
 その結果、多くの集約的農業地帯で、時間とともに土壌中にリンが多量に蓄積していった。この土壌に蓄積したリン(非可給態リン:植物がすぐに吸収できないとされる状態)は、残留リン(residual P)、あるいは遺産リン(legacy P)と呼ばれている。
 
 このような土壌に多量のリンを蓄積させることになる方法は、日本における元肥を中心とした慣行栽培におけるリンの施用法とも共通しています。
 
■農業におけるリン資源対策
 さて、上記のような認識を踏まえて、この論文では貴重なリン肥料をこれまでのように土壌に多量に施用せず、作物体へ直接施用するなどのいろいろな技術を組み合わせて、リンの利用率を向上させ施用量の削減を行なうべきだとの提言をまとめています。
 具体的には次のとおりです。
 〔注:項目立ては、本稿の執筆者によるものです〕
 
〇作物のリン要求量の削減
・リン要求量の少ない作物の育種を行う。
〇土壌の遺産リンの利用
・長期に施肥を行なって作物を栽培して遺産リン(非可給態リン:植物がすぐに吸収できないとされる状態)が蓄積した畑だと、可給態リンがほとんどなくなっても、遺産リンを使ってなんとかなることが分かってきたので、それを利用する。低リン環境では、作物はリンを獲得する仕組みを持っているようだ。
〇リンのリサイクル利用
・下水汚泥、し尿、畜舎排水などから、リンを回収する試み。現在、世界中で行われ始めているようです。
〇作物によるリン利用率の向上
 (a)生育期間にわたって、ゆっくり、均等にリンを放出するように肥料自体の性質を変える。緩効性肥料などが該当する。
(b)施用方法を変更する。
①土壌ではなく、植物の発育の重要な時期を見計らって、正確に施用するように変更する。目標を絞ったリン肥料を少量散布することで、土壌に大量のリンを散布するよりもより効率的に作物の要求を満たすことができる。
②リンによりコーティングされた種子を育てる。リンの量を60%少なくできる。
③アンモニウムNと一緒にPを配置する。根の増殖が促進されるだけでなく、レガシーPの動員を助ける。
葉面散布によってPの利用率を最大化する。土壌散布を代替できる可能性も示唆されている。
 
 上記の「〇作物によるリン利用率の向上」の内、「(b)施用方法を変更する」は特に栄養週期栽培と関わりが深い事柄です。①と④は、「必要な量を、時期を見計らって施用する」ことや「葉面散布を利用する」ことですから、栄養週期栽培では通常の方法です。
 
■おわりに =栄養週期栽培の視点=
 本稿で述べてきたように、リンに関して、その施用量を少なくし、資源を維持し、またその循環を正常なものにすることが、地球環境の保全を進めるうえで重要であると認識されていることがわかります。
 そして、農業のリン資源対策として、作物によるリン利用率の向上が重要な位置を占めていることがわかります。その中で、作物の必要に応じて、的を絞って施肥することが重視されています。発育の段階や生育状況に応じて、適切な措置をする栄養週期栽培は向いているといえるでしょう。さらに、栄養週期栽培が長い間推奨してきた葉面散布もにリン肥料の効率的な施用法として掲げられています。現在日本巨峰会が発行する会員誌「理農技術」の1953年発行の第5号には、すでに葉面散布を想定したリン酸カリウムの紹介がされています(理農技術協会1953)。地球環境問題への対処に期待される手法を、栄養週期栽培が古くから取り入れてきたことがわかります。
 なお、栄養週期栽培においては、リンが生殖生長に効果的であるという認識から積極的に利用します。多くの作物では慣行的な栽培より使用量は少ないものの、リンゴ、ブドウなどの一部の果樹においては、目安ではあるものの慣行的な栽培より多めになることがあります。これは窒素との違いです。このようなこともあり、栄養週期栽培においては、上述の葉面散布剤の利用を積極的に行っています。このため、葉面散布剤の販売も行ってきました(「栄養素(肥料)案内」参照)。
 リン資源の保全のためには、土壌診断、葉面散布などをうまく利用して土壌への負荷、施肥の総量を一層減らしていくことが望まれます。
 
《引用文献》
・石坂匡身・大串和紀・中道 宏. 2020. 「人新世の地球環境と農業」. 農文協.
・西尾道徳. 2014. 「必要な新しいリン酸施肥戦略のための研究」. 西尾道徳の環境保全型農業レポート, No.260.
・大竹久夫. 2010. 「新しいグリーン産業としてのリン資源リサイクル」. 環境バイオテクノロジー学会誌,  10 (2) : 71-78.
・理農技術協会. 1953. 「理農技術 第5号」.
・Withers, P. J. A.・Sylvester-Bradley, R.・Jones, D. L.・Talboys, P. J.. 2014. Feed the Crop Not the Soil: Rethinking Phosphorus Management in the Food Chain.  Environ. Sci. Technol.;  48 : 6523-6530.