ホウ素がブドウの花振いに
及ぼす効果について

理農学研究所
2021年5月

■大井上康氏のホウ素に関する研究
 大井上康氏は、1938年という昔にマスカット・オブ・アレキサンドリアを材料として、ホウ素の効果を研究した論文を日本園芸学会の学会誌に英文で発表しています(Oinoue 1938)。
 この論文の結論は、以下のとおりです。
 
・ホウ素を含む肥料は、マスカット・オブ・アレキサンドリアの花粉の発芽を促進する。
・ホウ素を含む肥料は受精を良好にし、有核果を増加し収量を増加した。
・柱頭上に与えたホウ素も受精を良好にした。
 
 大井上康氏は1930年に「葡萄之研究」という900ページを超える大著を記し、養賢堂から出版しています。この本の「葡萄施肥論」という章の中にホウ素の記載がありますが、あまり明確なことは書かれていません。1938年に記された上記の論文が、大井上康氏がホウ素のブドウに及ぼす効果について、実験結果を踏まえて公表した最初のものになると思われます。
 なお、「葡萄之研究」は、その後、復刻版が1970年に博友社より出版されています(大井上1970)。
 
■ブドウ栽培におけるホウ素の効果を記したもの
 大井上康氏の論文の結論は、肥料でも葉面散布でもホウ素がマスカットの受精を良好にすると読み取ることができます。これは、花振いが多い巨峰においては、効果が期待されるということになります。
 このような認識は、その後の研究でどのようにとらえられているかを調べてみましたところ、当時、京都大学の岡本五郎氏および小林章氏が、ホウ素の効果に関係する論文を2回に亘って発表しています(小林・岡本1967、岡本・小林1971)。そのタイトル「Muscat of Alexandriaにおける摘心およびホウ素の葉面散布が体内栄養ならびに結実に及ぼす影響」のとおり、マスカット・オブ・アレキサンドリアについて摘心とホウ素の効果について調べています。これらの論文では、ホウ素について論じた大井上康氏の研究(Oinoue1938)と摘心について論じた研究(Oinoue1940)を引用し、その検証を行っています。
 ホウ素の効果について、はじめの論文(小林・岡本1967)では、以下のような結果を得ています。
 開花1~3週間前のホウ素の葉面散布(ホウ酸0.2%)は、結実の割合を著しく大きくした。この時、葯の中の全糖量が増大したと記しています。このように、ホウ素が結実に良い効果を及ぼすことが記され、大井上康氏の1938年の研究を裏付けることになっています。
 次に出た同名の論文の第2弾では(岡本・小林1971)、この結果を補完して、炭水化物、アミノ酸、その他栄養素の量の変化などを調べています。
 ホウ素が、花振いに効果があることは、近年出版された「ブドウ大辞典」においても引用され(小松2017)、以下のように記されていますので、現在でも通説となっています。
 
 ホウ素欠乏の場合はエビ症と称し,著しい花振い現象を生ずるが,この場合のホウ素の葉面散布はその防止に効果があるようである。ただし,ホウ素が欠乏状態でない場合でも開花前のホウ素散布は有効であることが知られている(岡本・小林,1971)。
 
■巨峰ブドウ栽培について論じた本の場合
 栄養週期栽培以外で巨峰ブドウの発育について論じた本がかつて出版されています(中田1970、柴1982)。中田氏は、その中でホウ素のことに触れていますが、着粒や花振い対策としてよりは、ホウ素欠乏症を念頭においたものになっています。一方、柴氏は、「花振い防止対策」の中で、ホウ酸の葉面散布を論じています。ただし、Bナインほど効果は出ないと記しています。
 これらの本で興味深いのは、Bナインの効果を高く評価しており、巨峰の結実を図る上でかなり重視していることです。巨峰の生理・生態特性に対する理解は、次に記す恒屋棟介氏が記した本(恒屋1971)とも共通する部分がありますが、植物生長調整剤であり、後に発がん性の可能性があるとされて使用が禁止されるBナインを無条件に受け入れている姿には違いがあります。
 
■恒屋棟介氏が記すホウ素の位置づけ
 恒屋棟介氏は1971年に「巨峰ブドウ栽培の新技術」を出版し、栄養週期栽培の考え方に基づく巨峰栽培を公表しました。この中に、ホウ素についても様々な記述があります。
 上述した大井上康氏の論文(Oinoue 1938)を引用し、ホウ素が花粉の発芽、花振い予防に関係があることを述べ、花粉の発芽が良いことは、結実などの生殖生長を良好にすると述べています。
 しかし、開花~実止りの直前にホウ素を多用しても、結果枝が徒長的であれば、効果は期待したほど出ないと述べています。結果枝は発育段階に応じて、より正常に、より健康に導いていないといけないと付け加えています。
 このように、ホウ素の効果を認めつつも、全体的な育ちが重要であることを重視しています。ホウ素に限らず、リン酸、カルシウム、カリなどの栄養素についても、それを特効薬としてとらえるよりは、健全な発育にうまく取り入れていくという視点です。これらの栄養素は、作物の発育を良好にする要素のひとつであり栄養週期栽培で積極的に利用しますが、それ以上に栄養週期栽培では作物の健全な発育を重視しているという特徴があります。
 
《引用文献》
・小林 章・岡本五郎. 1967.  Muscat of Alexandriaにおける摘心およびホウ素の葉面散布が体内栄養ならびに結実に及ぼす影響 (第1報). 園芸學會雜誌, 36(1): 31-35.
・小松春喜. 2017. 巨峰など四倍体品種における結実不良のメカニズム(2015記).「ブドウ大事典」(農文協編). 85-92.農村漁村文化協会.
・中田隆人. 1970. 「ブドウ・巨峰のつくり方」. 農村漁村文化協会 .
・Oinoue, Y. 1938. Effect of boron on the setting of berries of grape Muscat of Alexandria.. J. Japan. Soc. Hort. Sci. 9: 141-143. (英文、和文要約あり)
・Oinoue, Y. 1940. Influences of early shoot pinching in grape on the setting of berries and some histological and biochemical changes in the shoot pinched. J. Japan. Soc. Hort. Sci. 11: 141-145. (英文、和文要約あり)
・岡本五郎・小林 章. 1971.  Muscat of Alexandriaにおける摘心およびホウ素の葉面散布が体内栄養ならびに結実に及ぼす影響 (第2報). 園芸學會雜誌, 40(3): 212-224.
・柴 壽. 1982. 「巨峰の生育診断と栽培」. 農村漁村文化協会.
・大井上 康. 1970. 「復刻版 葡萄之研究」. 博友社.
(原著:大井上康. 1930. 葡萄之研究. 養賢堂)
・恒屋棟介. 1971.「巨峰ブドウ栽培の新技術」. 博友社.