栄養素のはたらき
《カルシウム》

理農学研究所
2021年4月

■はじめに
 カルシウムは、植物体の中では炭素C(50%前後)、酸素O(40%前後)、水素H(約6%)、窒素N(1~3%)、カリウム(0.3~6%)などに次いで多い物質となります。
 石灰に含まれるカルシウムの役割というと土壌の酸度の中和が最も知られています。しかし、栄養週期栽培では、それだけではなくカルシウムは作物の体内で糖の生成と移行、防除的な効果など多くの機能を有していると考えてきました(大井上2011、恒屋2017)。これは、栄養週期栽培における特徴的なとらえ方のひとつなので、栄養週期理論のコーナー(「栄養週期栽培におけるカルシウムの活用」参照)でも取り上げました。
 
■いくつかの文献の比較 カルシウムのはたらき
 作物の栄養生理を記したいくつかの文献の記述を下表に整理してみました。
 これらの文献では、炭水化物の蓄積や移行に関連する機能を明確に上げているのは、栄養週期栽培の「微量栄養素と施肥設計」のみです。この他、「知っておきたい 土壌肥料の基礎知識」と「Plant Nutrition and Soil Fertility Manual 作物栄養と土壌施肥マニュアル」には炭水化物の移行に関する記載あります。日本の大学の研究者が書いた「植物栄養学」や「新植物栄養・肥料学」には、細胞壁の構築、細胞の維持、細胞の情報伝達に関する機能が書かれていますが、炭水化物の蓄積や移行については触れていません。これらの専門書の書きぶりを見ると、栽培技術のような応用的な面よりも細胞生理学のような基礎研究への関心が高いように感じられます。
 

 
■「現代農業誌」(農文協)別冊の記述
 農文協が発行する「現代農業」誌は、カルシウムの防除効果があることや作物の成熟に関与していることを近年一貫して取り上げています(「栄養週期栽培におけるカルシウムの活用」参照)
 その中で、「農家が教える石灰で防ぐ病気と害虫」という特集号が2010年に発行されていますのでご紹介します。この冊子は、石灰の防除機能に注目して編集され3部に分かれていて、「PART1 石灰が病害虫に効いた」「PART2 なぜ石灰が病虫害に効くのか?」「PART3 徹底追及石灰と石灰資材」となっています。
 PART1では病虫害に対するカルシウムの効果に関する生産者による事例が掲げられています。
 PART2では病虫害に効く理由に関する研究結果が書かれています。石灰防除のしくみとして、「①病害抵抗性が高まる、②葉面・地表面上昇のpHの上昇で静菌作用をもたらす、③細胞壁が強化される」などの理由が書かれています。病気抵抗性が高まる理由としては、カルシウムが「病原菌の侵入」というシグナルを伝える役割を演じていること、体内で菌の移行や増殖を抑えることが推測されているようです。
 この別冊の最後のPART3は「徹底追及 石灰と石灰資材」という表題になっています。その中に、「栄養週期理論による石灰追肥の考え方」(恒屋2010a)という記事と、「『栄養週期理論』てなに?」(恒屋2010b)という記事が掲載され、栄養週期栽培も視野に入れています。
 
■栄養週期栽培におけるカルシウムの効果のとらえ方
 上記の現代農業誌に記されたような病虫害に対する効果は、「ミネラルの働きと作物の健康」(渡辺 2009)という本にも記されています。この本では、多くのミネラル(栄養素)の防除的効果が記されています。
 栄養週期栽培では、古くから栄養素の防除的な機能に着目してきました。さらに、上記別冊のPART3「栄養週期理論による石灰追肥の考え方」では、このような防除的な面だけではなく、カルシウムの生理的効果の一つとして、「体内に一時的に仮貯蔵したC(炭水化物)等を貯蔵器官に移行、集積させる働きがある」として、発育の後期に与えることの重要性と効果を強調しています。
 カルシウムが生殖生長期に増加することが、トマト(宇井・高野1994)やメロン(増井他 1961)で報告されており、カルシウムが果実の成熟となんらかの関係をもっていることを読み取ることができます。ただし、このようなことは、上記の表に記したように一般的には学問的にあまり関心がもたれていないようですし、カルシウムがどのような仕組みで成熟に関与しているかは十分に理解されていません。
 
■おわりに
 カルシウムが、作物の防除的な効果を有していたり、炭水化物の集積に関与していたりすることの双方を記しているのは、繰り返しになりますが、上記の表では「微量栄養素と施肥設計」のみです。栄養週期栽培では、このような点を重視して、施肥にカルシウムを用いてきました。経根施肥は消石灰を利用し、葉面散布にはリン酸カルシウム(日本巨峰会で販売しています。)を利用してきました。
 なお、「微量栄養素と施肥設計」では、「主としてカルシウムは葉にたくわえられ,ここから必要な器官にうつる。」と書かれていますが、現在の研究によれば、カルシウムは導管で移動し、篩管で体内に移動することはないので、吸収した箇所よりも先端にのみに移動するとことが解ってきたようです。したがって、葉面散布する場合も茎や根、葉の基部を意識して散布するほうが良いということになります。
 
≪参考文献≫
・Jones J. Benton. 2012. Plant Nutrition and Soil Fertility Manual. CRC Press.
・加藤哲郎. 2012. 「知っておきたい 土壌肥料の基礎知識」. 誠文堂新光社.
・間藤 徹. 2010. 「植物栄養学」(第2版). 文永堂出版.
・増井正夫・福島与平・久保島正威。板垣光彦・林昌徳. 1961. メロンの養分吸収に関する研究(第4報) 養分吸収過程について. 園芸学会雑誌, 30(1): 29-38.
・大井上 康. 2011.「新栽培技術の理論体系 再改訂版」. 日本巨峰会.
 (初版:1945年)
・恒屋棟介. 2017. 「微量栄養素と施肥設計」(増改訂版). 日本巨峰会.
 (初版:1955年)
・恒屋棟介. 2010a. 栄養週期理論による石灰追肥の考え方-発育の中・後期に作物は石灰をほしがる. 「農家が教える石灰で防ぐ病気と害虫」(別冊 現代農業) .p.146-148. 農文協.
・恒屋棟介. 2010b.「栄養週期理論」ってなに? 「農家が教える石灰で防ぐ病気と害虫」(別冊 現代農業) .p.149. 農文協.
・宇井睦・高野泰吉. 1994.トマトの成長と体内無機栄養状態の量的解析. 生物環境調節 32(3), 163-170, 
・渡辺和彦. 2009. 「ミネラルの働きと作物の健康」. 農村漁村文化強化.
・米山忠克他. 2010. 「新植物栄養・肥料学」. 朝倉書店.