栄養素のはたらき
《リン酸》

理農学研究所
2022年1月

■リンの特徴
 リンは、窒素やカリウムとともに3大栄養素とされています。量的には、植物体の中で炭素C、酸素O、水素H、窒素N、カリウムK、カルシウムCa、マグネシウムMgなどに次いで、8番目くらいです。
 リンは、生物の遺伝情報を担うDNA(デオキシリボ核酸:遺伝子の本体)、遺伝情報をアミノ酸の生成のために遺伝情報を伝達するRNA(リボ核酸)に存在し、また、エネルギーの受け渡しに関与するATP(アデノシン三リン酸)を構成しています。このATPは生物のエネルギー変換の中で中心的な役割を演じています。光合成も同様で、リン酸を含むATPが炭水化物合成の過程に大きくかかわっています。
 通常、リンは肥料として用いる場合はリン酸の形で施肥されます。リン酸とはH3PO4で表わされるリン、酸素および水素の化合物です。
 
■リン酸肥料は「実肥」?
 下表に、リン酸のはたらきや欠乏症をいくつかの文献の情報に基づき整理してみました。
 

  
 リン酸の作物栽培上の効果については、一般的に「花肥(はなごえ)」や「実肥(みごえ)」などと呼ばれ、生殖生長に重要な役割を演じていると理解されているようです。対象とした文献の内、啓蒙的な栽培の本には、「花芽分化や果実の肥大に欠くことができない」と書かれているものがあり(加藤2012)、一般的な認識である「実肥」としての性格を記しています。また、植物の栄養についてまとめたられた教科書的な本に、「リン酸は実肥と呼ばれるように、実りの部分にリン酸を多く必要とし、P欠乏では登熟不良が発生しやすくなる」(平澤2007)と記されています。
 しかし、比較的新しい学術的な作物の栄養学や栄養素に関する本(渡辺2009、間藤他編2010、米山他2010)に、栽培技術上のリン酸の機能についてあまり書かれておらず、「実肥」と呼ばれている理由についても書かれていません。少し古い本ですが、「最新 土壌・肥料・植物栄養辞典(増補版)」(矢沢1982)では、「水稲の施肥法」の中で窒素の「穂肥(ほごえ)」を「実肥」と呼んでいます。
 このように、リン酸は栽培の現場では「実肥」として位置づけられることもあるのに、一方、学問的にはそのような効果はあまり深く語られず、「実肥」である理由やその仕組みを論じているものは簡単に見つけられません。上記の実肥という表現を使った書籍においても、深くは論じられていません。
 一方、栄養週期栽培では、リン酸は炭水化物の合成と移動に関係し、生殖生長に関与し、果実の成熟をよくすると考えています(表の上段参照。恒屋2017)。そのことは、リン酸が「実肥」であるという経験的な常識と矛盾していません。
 
■慣行栽培では、リン酸肥料は元肥のみが一般的
 また、施肥の時期に対する認識についても、慣行的な栽培と栄養週期栽培では違いあります。
 比較的新しい植物栄養学の本に、「リン酸は、溶脱などによる養分の損失が少ない養分であるので元肥施用が基本である」(関本2010)と記し、養分の消失の視点から元肥でよいと述べているものがあります。また、「稲については、リンは幼穂形成期に吸収されるものが収量増加に効果があるので、元肥で施用すれば良い」(間藤2010)、「リン酸は窒素とともに、水稲の分げつを促進させる成分なので、生育初期に十分供給して、水稲に吸収させておくことが重要であるので、元肥に施すのが原則である」(矢沢1982)、「初期生育時には欠乏症が出やすいが、その時に十分なリン酸を与えるとその後の欠乏は出にくいので、元肥が基本となる」(平澤2007)というように、生育初期に必要なので元肥で良いとしています。
 このような認識を踏まえてのことだと思いますが、現在、各県で出されている栽培指針では、作物の品目にもよりますが、リン酸を元肥のみで与えるように記されている例が多く見られます。
 
■栄養週期栽培における施用法
 栄養週期栽培の施用法はこれとは異なります。
 大井上康氏は、リン酸の施用は、交代期を中心にした時期に施用するのが良いことを「新栽培技術の理論体系」(大井上2011)の中で述べています。大井上康氏が栄養週期説を展開した初めの論文(大井上他1936abc)やその後の果樹を対象とした論文(大井上1936d)においては、様々な栄養素の施肥順序を変えて実験を行い、適切な施用法の提案を試みています。その中で、N(窒素)→P(リン酸)→K(カリ)という順序が最も適正な結果が得られるとして、相対的に重要となる栄養素が発育の時期に応じて違いがあることを示しています。
 このような結果やその後の実践を踏まえて、表の上段「微量栄養素と施肥設計」の欄からも読み取れるように、作物にとってリン酸は交代期(※注 交代期:栄養生長期から生殖生長期への移行期間)以降に重要性が増加すると栄養週期栽培では考えています。このため、栄養週期栽培ではこの時期を考慮して施肥し、穀物や果実の成熟を促すようにします。「実肥」としての効果を得る時期といって良いと思います。このような施肥の時期に関するとらえ方は、慣行的な栽培方法と栄養週期栽培の大きな違いとなっています。
 なお、栄養週期栽培では、経根施肥用の肥料としては過リン酸石灰、溶燐、重過リン酸石灰など、葉面散布用の肥料としてリン酸カリウム、リン酸カルシウムなど(共に日本巨峰会で販売)を利用しています。
 ところで、栄養週期栽培で一般的な「必要となる時期に応じて適度の施肥を行う」という方法や葉面散布という施用方法は、リン資源の保全という地球環境保全の観点からも推奨される方法でもあり、一方、元肥だけにリン酸を多量に施すという手法は、地球環境保全の観点から注意が必要な方法として近年取り上げられています(「リンと地球環境問題」参照)。
 
≪参考文献≫
・平澤栄次. 2007. 「植物の栄養 30講」. 朝倉書店.
・Jones J. Benton. 2012. Plant Nutrition and Soil Fertility Manual. CRC Press.
・加藤哲郎. 2012. 「知っておきたい 土壌肥料の基礎知識」. 誠文堂新光社.
・間藤 徹・馬 建鋒・藤原 徹編. 2010. 「植物栄養学」(第2版). 文永堂出版.
・間藤 徹. 2010.肥 料「植物栄養学(第2版)」(間藤 徹・馬 建鋒・藤原 徹編). 235-268. 文永堂出版.
・三井信午監修. 1976. 「最新 土壌・肥料・植物栄養辞典(増補版)」. 博友社.
・大井上 康. 1936a. 「窒素・燐酸・加里施肥順序の変更が稲及び麦の発育型並に収量に及ぼす影響〔1〕 (栄養週期説提唱)」. 農業及園藝, 11(4):997-1003.
・大井上 康. 1936b. 「窒素・燐酸・加里施肥順序の変更が稲及び麦の発育型並に収量に及ぼす影響〔2〕 (栄養週期説提唱)」. 農業及園藝, 11(5):1205-1212.
・大井上 康. 1936c. 「窒素・燐酸・加里施肥順序の変更が稲及び麦の発育型並に収量に及ぼす影響〔3〕 (栄養週期説提唱)」. 農業及園藝, 11(6):1463-1474.
・大井上 康. 1936d. 「窒素, 燐酸及加里の施與順序變更が葡萄及桃の收量及び品質に及ぼす影響」. 園 藝學會雑誌,  7 (1) : 12-18.
・大井上 康. 2011.「新栽培技術の理論体系 再改訂版」. 日本巨峰会.
・関本 均. 2010. 植物栄養と肥料.「新植物栄養・肥料学」(米山忠克他著).1-56. 朝倉書店.
・恒屋棟介. 2017. 「微量栄養素と施肥設計」(新装版). 日本巨峰会.
・米山忠克他. 2010. 「新植物栄養・肥料学」. 朝倉書店.
・渡辺和彦. 2009. 「ミネラルの働きと作物の健康」. 農村漁村文化強化.
・矢沢文雄. 1982. 水稲の施肥法.「最新土壌・肥料・植物栄養事典(増訂版)」(三井進午監修). 323-333. 博友社.