窒素と地球環境問題

=栄養週期栽培の有効性=

理農学研究所
2022年7月

 
★窒素と環境問題
 窒素は、生命にとっても地球にとっても重要な物質です。しかし、窒素は、様々な環境問題を引き起こすことでも知られています。いくつかを下に挙げました。
 
 
①大気汚染
 二酸化硫黄、一酸化炭素、浮遊粒子状物質、光化学オキシダントなどと共に二酸化窒素(NO)は、大気汚染物質として環境基準が設定されています。窒素酸化物は汚染物質として規制・監視の対象になっています。
②酸性雨
 NO、NHおよびSOなどの物質の降下は,酸性雨となって、陸上や水域の生態系を酸性化させています。
③地下水、河川の汚濁
 農業でよく話題になるのは、窒素の過剰な使用により耕作地から流れ込んだ窒素が地下水や河川の汚染を引き起こしていることです。富栄養化の要因となり、また、硝酸性窒素の増加が問題視されています。
④地球温暖化
 さらに、窒素は地球温暖化に関連して注目されています。地球温暖化といえば、二酸化炭素(CO)が注目されていますが、窒素化合物である一酸化二窒素(NO)も温室効果ガスとされ、二酸化炭素の300倍の温室効果があるとされています(環境省2017)。
 
 このように、人為的な営みによって排出された窒素化合物は環境問題と関連の深い物質として位置づけられています。
 
★施肥に伴う窒素過多
 上記の中で特に農業とのかかわりが深いものとして、窒素肥料の過剰な施肥があります。
前述したとおり、多量の施肥により流れ出した窒素が、河川や地下水の汚染をもたらします。投入した窒素肥料のうち作物に吸収されずに大気や水域に排出される窒素を削減することが、持続可能な窒素利用の実現において重要な課題となっています。
 この他、窒素肥料の過多は、土壌への影響として「土壌の酸性化」「土壌の硬化」をもたらし、また、作物への影響として「ハウスにおける亜硝酸ガス障害」「濃度障害」「病虫害への耐性減」「コメではタンパク含量増加に伴う食味悪化」などをもたらすことも指摘されています(西尾2005)。
 「病虫害への耐性減」や「タンパク含量増加に伴う食味悪化」などは、窒素過剰による徒長的な発育の結果でもあり、栄養週期栽培が健全な発育の観点から戒めてきたことです。
 
★畜産用輸入飼料の中の窒素
 上記のような施肥の問題とは別に、畜産に伴う問題があります。それは、畜産の飼料をほとんど海外から輸入していることから発生しています。海外から輸入された飼料を日本の家畜が食べて糞尿として排出します。このような排泄物は、堆肥にされ肥料として加工されますが、過剰であれば毎年国内にたまっていきます。現実的には、その過剰がとても多く、大量の窒素を輸入していることであり、窒素が毎年日本に蓄積されていることを意味しているといいます(石坂他2020)。
 
★温室効果ガスとしての窒素
 前述したとおり、窒素化合物である一酸化二窒素(NO)も温室効果ガスと位置付けられています。
 一酸化二窒素(NO)人為起源排出量のほぼ80%が農業に由来していると記しているもの(国連環境計画2018)や約2/3と記しているもの(西尾2019)と違いがありますが、いずれにしても地球温暖化に関連する一酸化二窒素(NO)の排出に農業が強く関連しているようです。
 この一酸化二窒素は、主に耕作地の土壌から発生します。それは、土壌の中には脱窒菌という微生物がいて、硝酸態窒素を窒素ガスに変える働きをもっているためで、特に、湛水期の水田では、脱窒菌の活動が活発で、約半分が失われているといいます(染谷2020)。土壌中の窒素が過剰であればこの窒素ガスも多くなります。
 ここにも窒素肥料の過多が関係しています。
 
★栄養週期栽培の窒素施肥量
 栄養週期栽培には、以下のような特徴的な考え方があります(大井上2011)。
 
○発育の初期に即効性の窒素を施さない(無肥料出発)。
   (「栄養週期栽培の施肥の特徴」参照)
○栄養生長期に発育状態を見ながら適正な量の窒素を施す。
○生殖生長期に必要となる窒素は栄養生長期に吸収されたものが転流してくるので、この時期にあまり窒素を与える必要はない。
   (「作物体内の窒素の転流」参照)
○果樹栽培では、お礼肥や元肥として、即効性の窒素を施さないことを原則とする。
   (「果樹栽培における元肥・お礼肥え」参照)
 
 このような考え方に基づいて栽培が実践されてきましたので、慣行的な栽培と比べると窒素の施用量は少なくなります。
 近年、当会の会員誌である「理農技術誌」上で、様々な作物に対して、公開されている情報や既存の文献に基づき、慣行的な農法と栄養週期栽培の施用法の比較を行ってきました。施肥量についてはあくまで標準で目安にすぎませんが、それでも窒素については、栄養週期栽培はかなり少ない傾向にあることが示されています。
 
★おわりに
 上記のとおり、窒素にかかわる様々な環境問題がある中で、作物栽培における窒素の施肥量の多さが問題を引き起こす要因になっています。地球温暖化に関連する一酸化二窒素(NO)の排出にも窒素の過剰施肥が関連しています。
 これを減らすことは重要なこととされ、農林行政においてもそのことは認識されており、環境保全的な栽培として認定制度が設けられている「特別栽培農産物」の要件が、農薬の使用回数50%減、と共に窒素の施用量が50%以下とされていることにも表れています。
 栄養週期栽培は窒素の施用量が少ないことが特徴のひとつです。これは、農業が関連する地球環境問題の改善に対して有効であることを意味しています。
 
《参考文献》
・石坂匡身・大串和紀・中道 宏. 2020. 「人新世の地球環境と農業」. 農文協.
・環境省 総合環境政策局 環境計画課. 2017(平成29年3月). 「温室効果ガス総排出量算定方法ガイドライン Ver.1.0.」
・国連環境計画. 2018. 「フロンティア 2018/19 新たに懸念すべき環境問題」.
・西尾道徳. 2005. 「農業と環境汚染」. 農文協.
・西尾道徳.2019.  「余剰な化学肥料窒素による環境の多様な側面への深刻な影響」. 西尾道徳の環境保全型農業レポート,No.348.
・農林水産省. 平成19年11月30日(2007).「農業と地球温暖化について」. 
・大井上 康. 2011.「新栽培技術の理論体系 再改訂版」. 日本巨峰会.
(原著:大井上康. 1945. 新栽培技術の理論体系)
・染谷 孝. 2020. 「人に話したくなる土壌微生物の世界」. 築地書館.