栄養素のはたらき
《窒 素 N》

理農学研究所
2021年5月

★はじめに
 日本の作物栽培において、窒素は最も重視されてきた肥料といってよいと思います。現在でも窒素の施肥量は多く、各地の栽培の指針を見ると多くの窒素を施すように記されています。農地に投入された窒素は、地下水や河川の汚染を引き起こしており、近年はこの改善が求められています。このため、特別栽培農産物やエコファーマーのような環境保全的な栽培の認証制度において、窒素の量を減らすことが要件のひとつとなっています。
 この窒素の取扱い方が、栄養週期栽培では慣行的な農法とかなり違いがあります。そこで、窒素肥料の特性とともに、栄養週期栽培の取扱い方をご紹介したいと思います。
 
★窒素のはたらき
 いくつかの文献に基づき、窒素のはたらき、欠乏症・過剰症を整理してみました(下表参照)。他の栄養素と比較して全体的に過剰症の記載が多くなっています。
 この表を見ると、アミノ酸やタンパク質の重要な要素であるという点、欠乏すると生長が衰える事、一方、過剰になると病虫害を受けやすくなり、さらに生殖生長に良くない影響を及ぼすことなどが、複数の文献に共通して記されています。
 このような窒素の特性を見ると、窒素は栄養生長に重要なはたらきをする、つまり「葉肥」であることが読み取れます。また、多すぎると生殖生長に負の影響を及ぼすことも読み取ることができます。
 

 
★一般的な窒素の施用法
 一般的な作物の栽培において、窒素は元肥を中心に施し、適宜、追肥します。一般に、化学肥料による施用窒素量は、栄養週期栽培から見ると非常に多くなっています。
 このようにして投入された窒素は、「はじめに」でも触れましたが環境保全上問題となっています。窒素由来の硝酸性窒素が地下水汚染の環境基準を満足できていない状況が続いており、2021年においても環境省が「硝酸性窒素等地域総合対策ガイドライン」(環境省2021)という硝酸性窒素に関する対策指針を公表しています。そのガイドラインの中で、汚染の最も大きな要因が耕作地から流出する窒素ということがデータに基づいて記されています。なお、環境保全上、良いとされる有機質の肥料においても、その窒素含有量が多ければ同じような結果を引き起こすと考えてよいでしょう。
 大井上康氏は、「新栽培技術の理論体系」(大井上2011)の中で次のように、慣行的な栽培における窒素の多給を批判的に記しています。
 
 窒素化合物であるタンパク質は原形質の主要な成分であるため、生長を支配するのは窒素であるという考え方から窒素に過大な価値を与えた。窒素が草出来を支配するため、生産者も目に見える肥効にとらわれ窒素を重視した。この見方が多給をもたらし、生殖生長に負の影響を及ぼし、減収に導くことになった。
 
 窒素は作物の体を大きくするので重視されたが、そのために生殖生長つまり実をつける段階に良くない影響をもたらしてきたと述べています。
 
★栄養週期栽培における窒素のとらえかた
 栄養週期栽培の施肥の特徴に関する概要は、栄養週期栽培のコーナーでも掲載しました(「栄養週期栽培の施肥の特徴」参照)。
 窒素については、栄養週期栽培では、栄養生長期に不足がなければ、全体的に少ない量でも収穫物に炭水化物が十分に集積すると考えています。もちろん、栄養生長期に不足してしまうと炭水化物の満足な集積が見られませんので、適量は必要です。その適量とは、「交代期や生殖生長期に肥効が長続きしない量で、かつ十分な量」と考えています。
 この「交代期以降肥効が長続きしない」というのは、栄養生長期が終わり生殖生長期に入っていくころから、窒素肥料の効果を抑制するということです。生殖生長期に窒素の供給が多い場合は、光合成により生み出されたブドウ糖(グルコース)が様々な過程を経て窒素同化に利用されることで体の生長に使われてしまい、炭水化物の集積が実においても体においても少なくなると考えています。
 このように生殖生長期に窒素の施肥量を少なくするにしても、この時期、生殖器官自体にも窒素は必要です。しかし、それは栄養生長期に吸収されたもので不足はしないと栄養週期栽培では考えています。生殖器官に集積される窒素は、栄養生長期に同化されたものが移行、転位したものが主体で、生殖生長期に外部から補給する必要がある無期窒素は、量は少ないということです。大井上康氏はこのようなことを「新栽培技術の理論体系」(大井上2011)の初版(1945年)ですでに述べているのですが、そのようなことは、近年の研究成果でも数多く報告されています(「作物体内の窒素の転流」参照)。
 上記のような栄養生長期に適正な量の窒素を施し、生殖生長期には抑制するという視点は、ここに掲載した表に示された様々な文献の記載からも理解されることのように思えますが、現代の栽培の現場では少数派となっています。
 さらに、栄養週期栽培では、「無肥料出発」という考えで、作物の植付時や果樹の萌芽の時期に窒素の効果がでないように施肥管理を行います(「栄養週期栽培の施肥の特徴」参照)。
 これまで述べてきたことからわかるとおり、栄養週期栽培における窒素施用量は、全体的にかなり少なくなります。
 
★栄養週期栽培における窒素の施用法
 上記の記述を踏まえて、簡単に栄養週期栽培における窒素の施用法の概略を以下に記します。ただし、栄養週期栽培は、作物の発育状況を見極めながら対処しますので、こまめな観察をして対応することになります。
 
○一年生の作物の場合は発芽前に、土壌に即効性の窒素を入れない。堆肥などの遅効性の窒素は用いる。
○果樹の場合は、萌芽の時期に窒素の効果が出ないように、即効性の窒素を与えない。また、樹体の成熟を図るため、いわゆるお礼肥(収穫後)や元肥(休眠期前)で窒素は施さないか、有機質の肥料を少なめに施す。窒素肥料は、樹体の成熟を阻害し、また、深い休眠を阻害すると考えています。
○栄養生長期に作物の発育の状況を見極めながら適量の窒素を施す。
○交代期、生殖生長期には、窒素肥料を抑制する。
 
≪参考文献≫
・Jones J. Benton. 2012. Plant Nutrition and Soil Fertility Manual. CRC Press.
・環境省(水・大気環境局土壌環境課地下水・地盤環境室). 令和3年3月.  「硝酸性窒素等地域総合対策ガイドライン ― 計画策定編 ―」
・環境省(水・大気環境局土壌環境課地下水・地盤環境室). 令和3年3月.  「硝酸性窒素等地域総合対策ガイドライン ― 技術・資料編 ―」
・加藤哲郎. 2012. 「知っておきたい 土壌肥料の基礎知識」. 誠文堂新光社.
・間藤 徹. 2010. 「植物栄養学」(第2版). 文永堂出版.
・大井上 康. 2011.「新栽培技術の理論体系 再改訂版」. 日本巨峰会.
・恒屋棟介. 2017. 「微量栄養素と施肥設計」(新装版). 日本巨峰会.
・米山忠克他. 2010. 「新植物栄養・肥料学」. 朝倉書店.