栄養週期栽培の要点

理農学研究所 恒屋冬彦
2023年7月

栄養週期栽培について、その要点をまとめてみました。
 
◆栄養週期説・栄養週期栽培とは
 栄養週期説とは、作物自身の体の特性、それぞれの作物の育ち(経歴)および環境(気象、地形、土壌、肥料など作物を取り巻く状況)への反応の仕方などを踏まえ、作物の発育の状態や発育の段階に応じた、それにふさわしい栄養状態に導くように栽培管理を行う栽培理論である。
 この説は、在野の研究者で、巨峰Ⓡブドウの作出者として知られている大井上康氏によって提唱された。この理論に基づく栽培方法は、栄養週期栽培と呼ばれている。
 
◆公表された時期
 栄養週期説が最初に公表されたのは、昭和11年(1936年)に農業専門誌の「農業及園藝」誌上である。第11巻の4・5・6号に「窒素・燐酸・加里施肥順序の変更が稲及び麦の発育型並に収量に及ぼす影響 (栄養週期説提唱)」というタイトルで発表された。その後、1943年に「栄養週期適期施肥論」(大井上1943)という小冊子、1945年に栄養週期説をとりまとめた単行本「新栽培技術の理論体系」(大井上2011)が出版された。
(➡「書籍『新栽培技術の理論体系』」参照)
 
◆考え方の特徴
栄養週期の言葉の意味
 栄養週期の「栄養」とは栄養状態を意味している。栄養素(肥料)は栄養状態に影響を及ぼす要素のひとつである。「周期」(週期)とは、「一般に一定の時間間隔で繰り返して同じ状態が現れる」ことなので、作物の生活のひとめぐりを表わしている。一年生の作物では1年でひとめぐりをするが、営農においては毎年繰り返す。果樹の場合は、毎年の萌芽から果実の成熟を経て休眠に至るひとめぐりがある。
 作物の生活のサイクルという時間的な変化(発育)に伴い、作物の栄養状態に変化が生まれるという視点から、栄養週期という言葉が使用されたものと考えられる。
 
〇時間的な変化を重視する
 この栽培で特徴的なのは、発育という作物自身の時間的な変化に注目し、発育の時期(段階)に応じた適正な栄養状態に導くように手を施すという点である。栄養週期栽培で言う発育は、量的変化としての「生長」と質的変化としての「分化」との両方を含めたもので、作物の量的かつ質的変化に配慮する。特に、質的な変化に注目するのが栄養週期栽培の特徴のひとつである。
 発育にはいくつかの段階があり、この発育の段階に応じた対処をする。たとえば、作物のたねの時期、芽を出した時期、生長を開始し大きくなっていく時期、果実や穂を実らせる時期、それぞれの時期にふさわしい状態に導くように様々な手を施す。発育段階は大まかに以下の三つに区分する。
 
≪発育段階≫
(➡「発育の段階」参照)
 ☆栄養生長期:葉を広げ重さが増し将来の生殖に向けて体の基礎を作る時期
 ☆交代期:栄養生長から生殖生長へ変わる過渡期(一般に開花期)
 ☆生殖生長期:種子が生じ成熟する時期
 
〇発育型と栄養型に注目する
 発育に伴い、外部環境の違いによって生じる形(姿)を発育型と呼ぶ。たとえば、窒素肥料をたくさん与えれば作物は大きくなるが、与えなければ相対的に小さい。このような外部環境の条件(施肥を含む)の変化に応じて現れる姿が発育型である。発育型は作物の栄養状態(栄養型)を反映する。
 栄養型は、表面に現れる姿である発育型とは異なり、作物の体内の栄養状態に眼を向けたものである。栄養型の指標として、栄養週期栽培が特に重視するのは窒素と炭水化物の状態(C/N比)および水の状態である。作物の栄養状態の指標としてC/N比に注意を向けるのは栄養週期栽培の特徴のひとつである。
(➡「発育段階に応じた栄養状態」参照)
(➡「作物体内のCN比に関する近年の研究報告」参照)
 
〇栽培の主体は作物自身である
☆作物と環境の関係(主体-環境系)
 作物を取り巻く環境に注意を払うが、主体はあくまで作物自身である。作物とそれを取巻く環境は、栄養週期栽培では「生態系」というよりも「主体-環境系」としてとらえている。
 
☆土 壌
 土壌については、作物が健全な発育をする上で好適か不適かで良し悪しを判断する。たとえば、栄養週期栽培では栄養生長期には一定の生長を促し、生殖生長期には生長を抑制するので、生殖生長期に体の伸長が続くような性質を持つ土壌は、良い土壌とは考えない。主体は作物それ自身であり、土壌は環境要素のひとつである。
(➡「栄養週期栽培における土壌のとらえ方」参照)
 
☆作物の健康
 栄養週期栽培は、主体である作物自身の自律性を尊重し、人間は作物自身が本来持っている力に手を添えてやるという視点が強く、作物の健康に配慮する。
(➡「栄養週期栽培の作物観」参照)
(➡「『作物の健康』という視点」参照)
 
◆栽培管理上の特徴
〇基本的な特徴
 発育に応じた時間的変化(発育段階)に応じて、対処する。
 基本は、栄養生長期に体を作り、生殖生長期には成熟(炭水化物の蓄積)に誘導するように施肥やその他の方法を用いて対応する。このため、生殖生長期に体を大きくするような行為は避ける(たとえば、この時期の窒素の施用など)。
 また、バランスのとれた健康な発育をするように栽培管理を行う。健康な育ちは肥料や薬剤を減じることにつながる。栄養週期栽培では早くから微量栄養素を含む各種栄養素(ミネラル)を用いて、健康的な発育を促し、同時に、病虫害対策としても利用してきた。
 
〇施 肥
 上記のように、発育に応じて様々な対応をするが、その中でも、施肥は重要な手段のひとつと位置付けている(➡「栄養週期栽培の施肥の特徴」参照)。このため、栄養週期栽培では、作物の特性、生育状態および発育の段階などに応じて与える肥料の種類や量を変更する。
おおまかな手順は、次のとおりである。
 
☆作物の発芽期や萌芽期に即効性の窒素を与えない(無肥料出発)。無肥料出発で環境変化、病害などに強い作物を作る。
☆窒素は、栄養生長期に効き目が出るように施し、交代期以降は効き目が出ないようにする。
☆リン酸は交代期以降に重要性を増すと考えており、交代期以降を意識して施用する。
☆カリおよびカルシウムは、しくみに違いがあるがそれぞれ作物の体内で糖の生成と移行に役割を持っていることに注目し、生殖生長期に多めに施す。
☆窒素(N)、リン酸(P)、カリ(K)、カルシウム(Ca)について、その量の増減のおおまかな目安は次のとおりである。
 
①発芽時や萌芽時は無N
②栄養生長期は成分比でいうと多N、少P、少Kを施す。
③栄養生長期の最盛期には中N、少P、中K
④交代期直前には多P、中K
⑤交代期~栄養生長期には多K、次いで多Caを施す。
(Nの量は交代期に入った時に、効き目がでないように工夫する。)
 
〇施肥以外
 作物の栄養状態に影響を及ぼす要素は、このような施肥だけでなく、植付け密度、耕起、剪定(果樹の場合)など様々な事柄がある。それらを、生育している作物自身の特性、生育状態および発育の段階などに応じて変えていく。
 
◆環境保全上の特徴
 栄養週期栽培では、生殖生長期に窒素の効果が出ないように栽培管理するので、窒素の施用量は少なくなる。また、いずれの肥料も、必要となる時期を見計らって施肥をするので無駄が少ない。さらに、様々な栄養素を葉面施肥で利用してきた(恒屋2017〔➡「書籍『微量栄養素と施肥設計』」参照〕)。葉面施肥は栄養素の利用率を高める上で効果的とされている。このような点から、栄養週期栽培は低投入型の栽培に向いている。葉面施肥については利用効率だけでなく、様々な栄養素(ミネラル)が健康な発育を促し、防除に繋げていく上で効果がある(恒屋2017、渡辺2009)。これにより農薬への依存度を減らすことができる。
 栄養週期栽培は、主として化学肥料を利用してきたので、有機栽培とは一線を画すと思われがちであるが、栄養週期栽培を有機栽培に取り入れた農法が存在し(趙1994、姫野編2010)、栽培が行われている。
 このように、栄養週期栽培は環境保全的な農業と調和的な性格を有しているということができる。
 
おわりに
 栄養週期栽培は、施肥テクニックとして理解されることが良くあるが、施肥は作物の栄養状態を適切な状態に導く上での手段のひとつである。注意を払うのは作物の栄養状態であり、作物の健全な発育である。
 
《参考文献》
・趙 漢珪.  1994. 「土着微生物を活かす -韓国自然農業の考え方と実際」. 農村漁村文化協会.
・姫野祐子編著(趙漢珪監修)2010「はじめよう!自然農業」. 創森社.
・大井上 康. 1936. 「窒素・燐酸・加里施肥順序の変更が稲及び麦の発育型並に収量に及ぼす影響〔1〕〔2〕〔3〕 (栄養週期説提唱)」. 農業及園藝, 11(4):997-1003.、11(5):1205-1212.、11(6):1463-1474.
・大井上 康. 1943. 「栄養週期適期施肥論-科学的少肥多収の技術-」. 農村文化研究会.
・大井上 康. 2011.「新栽培技術の理論体系 再改訂版」. 日本巨峰会.
   (原著:大井上康. 1945. 新栽培技術の理論体系)
・恒屋棟介. 2017.「微量栄養素と施肥設計」(新装版) .日本巨峰会.(初版は1955年)
・渡辺和彦. 2009. 「ミネラルの働きと作物の健康」. 農村漁村文化協会.